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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年6月1日
  • 読了時間: 2分

 かつて伊佐千尋が雑誌に、法曹界の体質を寿司屋に喩えた。

 その最たるものは自由心証主義というやつで、寿司屋の不明朗な会計みたいなものだと指摘した。

 これを読んで怒った裁判官がいたそうだが、その怒りかたがまさに寿司屋と同じであることを示していた。


 寿司屋は、一人前になるまで長く修行したと言う。

 しかし、これは他の職人も同じだが、なんてことはない閉鎖的な徒弟制度の中で非効率の修練をしていたに過ぎないのだが、苦労したという思いから自分を過大評価してしまう。

 そして客に向かって威張った態度で、会計は不明朗。客の身なりを観て、それによってぼったくりの度合いを決めているとも言われた。とにかく一様に高いと客は感じる。


 あの人気漫画『美味しんぼ』の最初のほうでも威張っている寿司屋が出てきた。

 そして主人公は、これならスーパーの弁当売り場にある寿司のほうがマシで、ネタもシャリもいいが腕が悪いと言う。もちろん職人は激怒する。

 そういうことが続いて、回転寿司が流行った一因にもなったのだろう。



 しかし寿司は食わなくてもいい。

 だが、裁判で同じことがあってはならない、と伊佐千尋は説いていた。なにより偉そうにしているにしては御粗末な裁判官が幅を利かせていると言う。

 また検察官でも例えばマスコミに露出が多くて自民党から選挙にも出た佐藤欣子(夫は誠三郎、息子は建志)など、その比較法律論文を読んでみたが意味不明だったけれど、それは普通に読んだからで、あの人にとって法曹の理想とは江戸時代の代官なのだと解かったら納得だという趣旨のことを書いていた。


 それから暫らく経った現在は、どうか。

 弁護士も同じことになっている。そして寿司屋のほうが法曹よりよほど反省して改善が見られる。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年5月31日
  • 読了時間: 1分

「ババ活判事」鈴木秀夫を裁く訴訟。

 国側は、その使用者責任について、損害賠償に対して棄却するよう求めながら反論は無いということで、それなら明日で結審すると裁判官は告知。


 ここで問題なのは、鈴木秀夫が割り込んで押し退けた裁判官は体調不良だったと言っていたけれど、その時に健康上の問題で予定されていた裁判の弁論を欠勤した裁判官の記録は裁判所に存在しないと、記録を保管している東京地方裁判所は回答しており、つまり鈴木秀夫は法廷で嘘をついたことが明らかになっている。

 これに対して鈴木秀夫は反論はあるかと問われてダンマリを決め込んでいる。


 この違法性について、判断はどうなるのか。

 ただ、鈴木秀夫裁判官が「女性の敵」であることは確定している。

 そんな人を雇っていた国の責任は、どうなるのか。裁判官としても難しいところであろうと推察される。


 明日6月1日の午後1時15分から東京地方裁判所521号法廷にて

 平日だけど、可能なら、また他の訴訟で来たついで等、ぜひ傍聴を。



 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年5月10日
  • 読了時間: 2分

更新日:2023年5月10日

 伊佐千尋を初めて知ったのは代表作といわれる『逆転』である。

 これはテレビドラマ化されて、それを観たら面白かった。司法の問題に関心を持った最初のテレビドラマだったのではないかと思う。まだ少年だったが、とても面白かったので難しいことは解らなかったけれど、テレビに食い入るようにしていたものだった。


 それで伊佐千尋には司法問題の著書がある。

 よく冤罪事件をとりあげていて、ロッキード事件についても裁判のやり方に批判的だった。これには「田中金脈」の追及で知られる立花隆が反論していたけれど、このさい立花隆は伊佐千尋について『逆転』が有名で陪審員制度の復活を主張している人だと説明していた。

 実際に伊佐千尋は、日本の司法が間違いばかりだから、昔はあった陪審員制度を復活させて市民の良識による監査が必要だと主張していた。



 今、裁判員制度があるけれど陪審員制度とは程遠い。

 裁判員は裁判官の指揮下にあるので、陪審員のような裁判官を抑制する力が無い。陪審員は裁判官が何と言おうと決めるのは市民だ。

それが良い意味で発揮されるのは例えばハリウッド映画で同じ監督の『12の怒れる男』『評決』のような場合、逆なのが『アラバマ物語』であり、良いことも悪いこともある。

 ただ、それはどんな制度も同じだ。陪審員制度さえあれば冤罪が無くなるわけではないだろうし、しかし制度が無いよりはマシだと言われることがあり、それくらい日本の刑事裁判は頭ごなしの有罪ばかりだ。


 この実態を知るほど怒りが起きるのは大学で受けた刑法の授業だ。

 これは刑法の概論と犯罪学と二種類だったが、犯罪学の方は教授が元検察官で、だから駄目だと言う弁護士や人権擁護運動団体の人たちがいて、その通りだった。

 いつも授業で陪審員制度に反対だと言い、それは裁判の間違いは弁護士が不熱心であることが原因であると言う。日本の弁護士は民事や商事の金儲けになる分野ばかりやりたがるからだ。これは本当だが、この一方で、日本の刑事裁判の有罪率が極端に高いのは、有罪になる見込みが乏しいと不起訴にするからだと言って正当化する。


 これがデタラメであることは、今時みんな知っている。

 よく映画やテレビドラマに出て来るが、アメリカなど諸外国では予備の審問で本裁判にすべきかを決める。それなりに証拠が揃っているか、法的な問題が無いか、などを公開の法廷で行い裁判官が決定する。これが日本では検察が密室で勝手に決めている。


 それなのに、ということ。やはり大学教授それも元検察官なんて駄目ということだ。


 
 
 
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