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​炬火 Die Fackel 

 それは東京地裁の行廣浩太郎である。

 そもそもは、東京簡易裁判所の裁判官が理解したうえで、法的に込み入ったことになりそうだからと逃げて、職権により勝手に東京地方裁判所に移送してしまったことだった。

 しかし、難しいからと逃げはしたけれど、いちおう理解したから面倒くさいと丸投げしたのである。ところが、東京地裁の行廣浩太郎は「わからない」と文書にした。無知なうえに調べたり勉強したりしない怠惰である。

 


 これは「期待権」が問題になっていた。

 あまり聞かないことだけれど、医療裁判では時々あることだ。やってみないと結果は不明だが、よい結果になる可能性があるとしたら、それなら誰だって期待して当たり前であり、条件によっては期待する権利もある。これを「期待権」という。それなのに、やらなかったとしたら、期待外れどころか期待すらできない。もしも、やらなかったのが悪意や怠慢であったとしたら、期待する権利が侵害されたことになる。これを「期待権の侵害」という。

 これを援用してNHKを訴えた人たちがいた。普通の取材だと思って応じたら、悪意ある形で放送された。安倍晋三ら自民党の国会議員たちが、NHKに圧力をかけたからだ。


 最高裁は報道にも期待権があると認めた。

 しかし損害賠償請求は棄却された。取材を受けるに当たり相当の負担があれば損害が生じるが、それは特に無かったということだ。ただ、NHKが政権与党の政治家の圧力で報道の内容を改変した事実から、公共放送失格であることが明らかとなり、その意味では収穫があった。

 また、この問題を朝日新聞が記事で取り上げたことも影響が大きかったと、前に当事者から直接に聞いたことがあるけれど、そのあと朝日新聞の社長が安倍晋三に媚びて担当の記者を左遷してしまった。

 まったくNHKも朝日新聞もだらしないが、安倍晋三が常に報道に対して権力を濫用して圧力をかけて言論と報道の自由を侵している事実も明らかになった。そうやって長期政権を維持し、日本の経済を破綻させたに近い大打撃を与え、韓国のカルト団体として悪名高い統一協会を大喜びさせてきたのだ。

 

 このように「期待権」は医療裁判が基だが他にも波及している。

 これについて、先の当事者と会って話したさい、「期待権」とは聞きなれない言葉だろうと言うので、医療裁判では時々でることだと指摘すると、実は医療裁判から援用したということだった。

 そして最高裁は、医療の他の分野でも期待権はあると認めたのだ。それを東京地方裁判所の裁判官が「わかりません」と言って、それが文書になった。ひどい不勉強である。しかも、解らないから訴状訂正申立書で別の訴えに書き換えるよう要求し、そんな非常識には応じられないと拒否したら、行廣浩太郎は訴状の却下命令を出した。

 あまりに無茶苦茶なので、東京地方裁判所の他の裁判官に訴えているところである。もちろん他の裁判官としては内心では酷すぎると思っているだろうが、同僚を裁くことは避けるはずである。しかし、そうなると行廣浩太郎は出世コースから脱落するだろう。そういう例が過去に何度もあるから。

 

 それにしても、ここまでバカ丸だしの裁判官は珍しい。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年10月24日
  • 読了時間: 2分

 これは拙書『防衛医大…』(ホームページ参照)の挿話である。

 霞が関の弁護士会館で法律相談したところ、出てきた当番の弁護士が、詳しい話をきかずに「医療過誤か~難しいなあ~諦めなさい」とだけ言って、30分で5000円と消費税を先払いさせられたのに10秒未満で相談の体をなしてなかった。


 これは弁護士たちも言っていたことだ。

 弁護士会が豪華な建物にすると、金だけ取ろうとするようになって、特に東京は霞が関の豪奢なビルを建設した後から露骨になった。

 あのとき会員の弁護士たちにとっても多額の拠出金となり、当時なりたての弁護士まで重い負担を強いられたそうだ。



 今も相変わらずである。

 これは前にも触れたことだが、人権救済の申立をしようとしても弁護士会は受け付けず、まず有料の法律相談を受けるように強く奨め、それで上記と同じで泣き寝入りしろと言って30分どころか1分以下である。

 しかし、時々はポーズをとってマスコミに向け発表する。これは人権侵害の加害者に権力が無いなど弱い場合である。

 

 役所の無料法律相談に持ち込まれることも少なくない。

 そこで担当した弁護人が、さすがに驚いたと言った。次から次へと持ち込まれる相談が、弁護士会の法律相談は金だけ取られて何も法廷な助言が無かったとか、弁護士の事務所で法律相談を受けたら同じことだったとか、ひどい場合は引き受けると言って着手金を払ったのに放置されたというのが、その日の相談の全部だったことがあったそうだ。


 そこで自ら下調べしたほうが良いことがある。

 これは上記の拙書にも出てきたことだ。そのうえで、判明したことを基に、他人の力を借りるとしたら誰が良いか、などと考えることが出来る。最初は暗中模索で当たり前なのだから。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年10月23日
  • 読了時間: 2分

更新日:2023年10月23日


 10月から郵便料金が値上された。

 それを利用して裁判所が市民に嫌がらせしている。値上げで数十円の不足になる書留料金に追加して送料を納めろと補正命令を特別送達する。この料金は一回で1000円以上になる。

 これだけでも不合理だが、そのうえ無用な送達を繰り返し、足りなくなって追加しろというのも理不尽だが、そうではなく今のところは足りているから訴訟が続けられるのに却下してしまう、


 この無法を訴える場が無い。

 裁判所に訴えても身内の不正は必ず庇う。あまりに酷いと考えた良識ある裁判官が訴えを聞くことも稀にあるけれど、控訴すれば絶対に覆される。控訴するさい、担当の裁判所にヨロシクと言っていることがあるけれど、これは露骨にやる人が時々いるので気づくだけで、それ以外でも隠れてやっているはずだ。

 こうして、却下された場合、まだ訴訟に入っていなくても、納めた費用は返却されない。嫌がらせの意味もある。却下では再び訴えることができるけれど、それは他の裁判官が担当になる。国家賠償請求訴訟で国を敗訴させたら裁判官は昇進に響くので、他の人に押し付けたいらしい。それで口実を設けて却下してしまう。


 そもそも国家賠償請求訴訟に費用が要るのが不当である。

 ひどい話で、国が人権侵害したので被害者の市民が賠償請求するのに、その費用を国に納めないと訴えられないのだ。民事訴訟の制度を援用しているが、金のある者がその利益を実現するため国家権力の助けを借りたいということだから費用が要るのに、それを、国家権力に迫害された市民が救済を求めている場合にも当てはめてしまっているのだ。

 しかも、もともと日本の訴訟費用は諸外国に比して高額すぎることが昔から言われていた。そして訴えても、裁判官が公正であることは稀だから、だいたい国が勝訴できる。しかし訴えられただけで面子にかかわるから、なんとかして訴えられないようにしようとする汚い手口の一つである。

 


 選挙に立候補する供託金など、日本では大金が無いと権利が無い。

 その一つが裁判であり、刑事裁判での国選弁護人が不真面目であることは周知のとおりだけれど、いちおう形だけ金がなくても弁護人が付く。ところが国家賠償請求訴訟は同じく国家権力による人権侵害に対して市民が立ち向かうのに、国選弁護人は無いし、多額の費用まで必要である。

 それが最近では増々ひどくなっている。そこで泣き寝入りすると、もっとひどい目に遭わされるから、立ち向かわないといけない。これは子供のいじめと同じことである。

 
 
 
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