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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年1月4日
  • 読了時間: 2分

 性暴力の被害に遭った女性が弁護士を探しても見つからない。

 そう言って困った現実を嘆いていたが、弁護士が見つからないのは性暴力だけではない。弁護士は民事や商事の金儲けになる案件でないと、まず相手にしない。

 これは『七人の侍』と同じことである。


 『七人の侍』で農民が人足に言われる。

 「物好きな侍は見つかったか」と。これは揶揄い半分、同情半分であった。侍は、手柄を立てて出世するためでないと闘わない。

 また、相談に乗るふりをして飯を食い逃げする侍までいた。

 これと同じ弁護士もいて、相談料を受け取っておいて何の助言もせずはぐらかしたり、引き受けるふりをして着手金を受け取って放置したり。



 女性の弁護士だから女性の味方はしてくれない。

 前にも話題に取り上げたが、性暴力の被害に遭ってPTSDになった女性のことを「勝手になった」とか「なるのは勝手」とか言った女性の弁護士がいた。これは何の相談かと思ったらそんな話かということで、そんな金にならない事件なんか引き受けない、と言うだけでは気が済まなかったようだ。

 また、枕営業の失敗だったのだろうと侮辱するのも、だいたい女性の弁護士である。性犯罪の被害を訴える女性に嫌がらせした女性の国会議員や女性のイラストレーターと同じ体質の女性は弁護士にもいて、それが右翼的なら解りやすいけれど、表向きは人権派を装っていたりするから期待して相談した人のショックは大きい。


 しょせん、そんなものだと言った人がいる。

 この人は刑事被告人として裁判の経験がある。そのさい思い知ったけれど、しかし考えてみれば、金にならない仕事を頑張る人は、そういない。むしろ、同情されて力になってもらおうという方が、世の中を甘く見ている。

 それも、そうだ。これを解っていて、覚悟して物事に当たれば、すくなくとも正気を保っていられる。 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年1月2日
  • 読了時間: 2分

 性暴力について調べていた人が弁護士を批判していた。

 被害者の相談や依頼なのに、加害者に寄り添う弁護士・法律事務所が多いと言う。寄り添うとは、どういう意味なのか。これは、とにかく示談にしようとするから。

 それは微妙に違うだろう。


 もちろん加害者にとって示談が良いことがある。

 なにより性暴力の事実が動かし難い場合。また、そうでなくても世間体が悪いのを気にする場合。それよりは金で解決したほうがマシだということになる。それで示談にしたがる。

 だから、被害者の相談を受けていながら示談にしたがるというのは裏切りであり、加害者に寄り添うことだという批判である。




 ただ、示談の方が確実に金になる。

 これは被害者にとっては不本意である。弁償して金で解決できるなら結構だけど、人間としての尊厳を踏みにじられて金で解決というのは簡単すぎて納得できない。

 だから、着手金を払い、勝ったら成功報酬というのは当たり前であるが、それを最初から避けて確実に金になる示談というのは、あくまで弁護士の営業・法律事務所の経営の都合である。


 それなら、確実に儲けるのは民事や商事でやればいい。

 なのに、なぜか性暴力など尊厳に関わる事件で確実に儲かるようにしたがる。商売繫盛の法律事務所はだいたい、争うようでいて和解で落とすと明言している。

 これは性暴力だけではない。労働事件でも、医療事件でも、金より尊厳の問題だと依頼人が訴えても、それでは不確実だと弁護士は言うし、もしも尊厳のために闘うという弁護士がいたら、事務所の上司の弁護士に怒られてしまう。


 個人加盟の労働組合も、企業から和解金を取るのが基本方式である。

 その顧問の弁護士も、この方針に合わせている。書類が山積みになっている事務所で大忙しではなく、豪華なオフィスを構えて成功者になったと酔いしれている。そして、人権を金儲けに利用していると非難される。

 実際に被害者は出汁に利用されただけ。

 

 こういうことだから、被害者の相談を受けておいて加害者に寄り添うというのとは微妙に違うのだ。

 そして、もともと、いかにも金儲け主義という人と所だけでなく、表向きは人権派を装っていたりする人と所もある。だから厄介なのだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年12月29日
  • 読了時間: 2分

 失職したが選挙で再選された兵庫県の斎藤元彦知事。

 ところが、その選挙で買収をしたと騒がれている。これについて、ある東京大学の教授が、この御粗末は東大に入ったのち伸びない人らしいと指摘していた。この斎藤という人は東大経済学部卒だけど、いかにも受験だけ俄かに付け焼き刃でやっただけの人らしい。だから、要領よくやったようですぐボロが出るような感じなのだ。そういう趣旨だった。


 それを言ったら司法試験も同じか、もっとひどい。

 よく、裁判官や検察官の御粗末や非常識はもちろん、在野で人権を守るために働いているはずの弁護士も、専門バカだってもちろん困るが、それどころか専門の法律についても、司法試験どころか学部の卒論でも不可を食らう低水準と無知が当たり前である。

 だから、よく「弁護士なんて使えない奴ばかり」と言う人がいる。



 これは受験のテクニックだけで本質が解ってないからだ。

 よく家庭教師や予備校講師が言う「解らないなら解らないでいい。とにかく、これは、こういうものなんだ、と思って先に進め」というのが、時間制約のある受験では必要なことである。高校のころ数学の教師に言われた言葉と同じである。「数学に興味を持つな。目的は次の試験だ。フィールズ賞を取りたいのではない。赤点を取りたくない。そう思え」

 しかし買収で失職する人がいても、フィールズ賞を取れない人がいても、仕事できない弁護士ばかりに比べたら、まだ大したことない。


 弁護士にも言い分がある。

 先日、知り合いの弁護士に言われたが、弁護士なんて大したことが出来ないそうだ。弁護士ならなんとかできるというのは幻想だ。これは前から色々な弁護士が言っている。制約が多すぎるからだ。

 それにしても、法律に無知な弁護士に「犬も歩けば棒に当たる」も同然に出くわすのはなぜか。試験には通って、後は勉強しない人が多いからだろう。医者にも酷いのがいるけれど、資格を持ってからも勉強する人は少なくない。この点はマシである。 

 
 
 
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