金持ちと貧乏のメディア幻想
- 井上靜

- 2月18日
- 読了時間: 2分
金持ちになったら余った金で何をするか。
それを使って世論操作して世の中を自分勝手にしたい。そう考える人もいる。だから松下幸之助はPHPなんてものをやっていた。
あのオーソン=ウェルズの映画『市民ケーン』も、それだった。実在のモデルもいた。正力松太郎も似たようなものであった。
だからイーロンマスクがツイッターを買収したのも同じ発想だろう。
だから、不公正な運営をされていると言われる。ただし、その前からツイッター日本支社は政権との癒着が指摘されていた。
なので、最近の不公正についてイーロンマスクのせいだと言っている人たちをSNSで見かけると、そんなのはもともとじゃないかと言いたくなる。

中国では外国のアプリケーションを監視していると言われる。
このためアメリカのものをインストールしていないかとスマートフォンを警察が覗いている、と言って非難する人たちがいる。この真偽は別にして、それならなぜ自国の警察がやっていることに無関心なのか。そんなこと日本では無いと信じたがっているようだ。
ここでも報告しているとおり、訴訟にもなっていて、権力の意向に沿って人権抑圧を正当化する裁判官の暴虐がある。ちょっと傍聴したら酷い実態に驚いてしまう人もいる。
しかし幻想から抜け出したくない人が多い。
もちろん、マスメディアで世論操作して世の中を好き勝手したがる金持ち連中も幻想に囚われている。それで散財するのも彼らの勝手である。しかし利用者の幻想は、自国の社会の現実から顔を逸らしてのことだから、こちらのほうが深刻である。
なぜか、金を持っているため特権的な立場にいる人たちも、そうでない下層の無力な人たちも、実は蒙昧で現実がさっぱり認識できていないのは同じである。実に滑稽であり、それだけ社会が御粗末ということだろう。



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