超退屈すぎやまこういち特集番組
- 井上靜

- 2021年12月13日
- 読了時間: 2分
NHKで放送していた退屈な番組の録画を知人に見せられた。
それは、死んだ「作曲家」すぎやまこういち特集だった。どう思うかと言われたが、昔から思っていたとおりで、彼は時勢に迎合するのが上手だったけれど、それが改めてよく判るというだけのこと。
あくまで、昔から全く純粋に彼の作る音楽が嫌いだった。
これは公言していた。もうほんとう小さい頃、最初にテレビで『学生街の喫茶店』を聴いたころから、テレビで聴くたびに壮絶な嫌悪感で、いったい誰がこんな悪趣味な曲を作るのかと思っていたら、あれもすぎやまこういち、これもすぎやまこういち、ということだった。
これは条件反射や連想ではない。それだったら、あのカレールーの中でも最悪のものが不味いからと、テレビで宣伝の歌を唄っている西城秀樹とその歌声に嫌悪感を持っていいはずだ。そうではなく、CМソングの節回しが気色悪いだけなのだ。

だからテレビのアニメで、主題歌だけなら歌が終わっってからテレビを付ければいいが、伴劇の音楽まですぎやまこういちだと、物語は面白くても気持ち悪い音楽に耐えられなくて観なくなった。
これは完璧に趣味と好みの問題である。
それも、ああした世渡り上手な者にありがちなパクリっぽさの部分ではない真に彼の個性かと思われる部分にこそ嫌悪感だったから、理屈ではなく感性で正直に素直に胸糞が悪いのだ。つまり心底から本当の意味で嫌いだったということだ。
ということは自分の勝手だし、耳にして耐えられたり楽しかったりする人も勝手である。こちらは聞かなければいいし、聴いている人に文句もつけないし、だから退屈なテレビ番組の録画なんか見せないで欲しかった。
あとは差別主義者すぎやまこういち問題
これは彼が処世術で権力に媚びてネトウヨやっているから、もともとそういうものだし、そういうことを一切しない有名人は殆どいないのだから、批判しても意味がない。上手に稼いだ金から多額の政治献金をした御陰様でオリンピックのさい演奏してもらえたというのも、本人が恥ずかしくないなら仕方ないし、似たようなことは誰でもしている。
ただ、ここで残念なことがある。そんなことばっかりしてきた人だからと批判する人がいるため、純粋に音楽が大嫌いだったと言いにくくなってしまった。「ゲームの音楽が好きだったのに差別発言して残念」という人に対して、嫌いな音楽ばかり作る奴の話題なんてやめてくれよと、ほんとうは言いたいのだから。

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