経済の基礎を知らずに商売を始める人は少なくない
- 井上靜

- 2021年8月5日
- 読了時間: 3分
更新日:2021年8月6日
かつて勤務していた会社で、倉庫の作業をしていた韓国人留学生が伝票を間違えてしまい、違う送付先に届けられて問題になってしまったことがあった。
この留学生とは仲良しだった。彼は日本語がよくできるから働いていたけれど、違うが似ている地名に気がつかなかったのだった。
しかし、問題は誤発送それ自体ではなかった。
それが届いた店の主は、荷物の箱を開けてから注文していない商品だと気づき、納品書を読んで別の店と間違えて送られたと知ったわけだが、このさい同じ商品を自分の店で注文した時とは大違いの安い仕入れ値だったので驚いてしまい、怒って文句を言って来たのだった。
なぜ違う値段なのかというと、本来なら届くべきだった店は同じ会社が複数の店を経営していて、それら総ての店が発注した合計を元締めの会社が一括して買った形にしているから、大量に購入する見返りに値引きしているというわけだ。
それで、誤発送を詫びたうえで値引きのわけも説明したが、その店の主は納得しない。
この時、入社したばかりの二十代前半の男性が「たくさん買ってくれる代わりに値引きするなんて当たり前だから、説明するまでもないでしょう」と呆れて言った。そうだけど、説明するまでもないことを説明して、しかも理解してもらえないから困るのだ。いくらなんでも値引き率が大きすぎると言う。
これは購入が多いどころか桁違いだから、購入が多ければ値引きの率も上がる「累進リベート」である。この数値は、会社の買い付け人とかバイヤーとか言われる専門の担当者が交渉するから、上手くまとまれば更に大きくなる。これに縁が無い小規模な個人商店のオヤジは知らないうえ、数字を示して説明しても理解できないのだ。
この時、中学の同級生の父親が店の経営を失敗したことを思い出した。
彼の父親は、地元の商店街で焼肉の食べ放題を謳った店を開業したが、最初は話題になって客が来たものの、すぐに破綻してしまった。
だいたい、食べ放題の店はチェーン店ばかりで、先述したようなやり方で材料費を安くしている。これと同じことを個人経営の一店だけでは不可能である。
また、開業資金だけではなく運転資金も充分でなければ、始めた当初は赤字だから、それを持ち堪えることができない。なのに「脱サラ」で商売を始める人には余裕がなく、とりあえず開店さえできれば「見切り発車」して後は何とかなるという漠然とした感覚でいる。だから開いて一年と持たない店が圧倒的多数なのだ。

その店を破綻させた主な客とは、息子が通う中学校の同級生たちだった。
ただでさえ中学生の男子は食欲旺盛だが、そのうえ部活やっている連中で、特に大柄な柔道部の生徒たちが、連日のように押しかけては食べ放題した。あっという間に冷蔵庫は空になる。売り切れのうえ支払いは少しだけの定額。これに店の主が焦って醜態をさらしていた様子を、柔道部の連中は学校で笑いながら話していた。
こうして息子は恥ずかしい思いをした。また親の商売の破綻により進学するつもりだった私立高校には入れなくなり、受かっていたのを辞退して、二次募集していた公立高校に進学した。偏差値的には非常に割が悪い進学である。それで二重に恥ずかしい思いをしたというより無様とか惨めとか言うべきほどの姿だった。
あの時は、彼の父さん何て愚かなのだろうと思ったが、後から勤務した会社の誤発送をきっかけにして、そんな人はザラにいると知ったのだった。



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