科学的と言うが実は政治的で党派的
- 井上靜

- 2023年8月28日
- 読了時間: 2分
特に医学だが、他の分野にもある。
新型肺炎の予防接種など特に解りやすいけれど、他の病気も同様だ。その評価について、科学的ではなく政治的に、公式見解に付くか反対意見に付くか決め、党派的に対立することで何か意味があると勘違いしている人たちがいる。
そのくせ、飽くまで政治的なのに、科学的だと言っており、故意の使い分けやすり替えなのか、判断力が欠如しているのか、どちらも見受けられる。

矛盾した態度の人たちもいる。
自民党と癒着するカルト宗教を批判しながら、政府や企業の御用学者の受け売りをすることで宗教ではなく科学の側に自分は居ると得意がる。この大いなる矛盾に気づいていないようだから滑稽だ。
知識や情報を持たない者、考えない者が、偽科学や陰謀論か否かなど判断できるはずもないし、自分の聞いたことが無い説や主張を、ろくに調べもせず偽科学・陰謀論とレッテル貼りで片づける態度は、とうてい知性的とは言えない。
良識的なようでも知性的ではない人は相当の割合ではないか。
もちろん、知性的なようでも良識的でない人は知性的でもない。良識的なら党派的に攻撃しない。真に知性的なら穏当に節度をもって批判するものだから、徒党を組んで対立を煽るなんてことはしない。これは政治的であるうえ攻撃的だから、反良識・反知性である。
必要なことは、何を信じるか、どちらの側に付くか、ではない。
個々について具体的に自分で考えたうえで判断することだ。



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