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神社を真面目に信仰すると不幸になる現実

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年1月6日
  • 読了時間: 2分

 特に日蓮宗が神社や神道を認めないのは宗教としての力が無いからだ。

 これは牧口常三郎も説いていたことだし、創価学会を批判して信者を自分のところに誘導している日蓮宗団体の顕正会も説いている。だから自民党に合わせて神道を批判しなくなった創価学会は絶対に滅びると言っているのだ。


 しかも、昔から神道とくに伊勢神宮にまつわる神話は結構な笑い話だった。

 祀られている天照大御神は日本の八百万の神々の最高神だというけれど、それは両性体で、女性っぽくなったのは子供を産むためだから、まるでロバートAハインラインの『輪廻の蛇』やアーシュラKルグインの『闇の左手』といったSF小説か、永井豪の『デビルマン』(原作の方のサタン)みたいであるし、それが隠れている戸を開けさせようとどんちゃん騒ぎしたのは元祖ストリップで、これを大島渚が、実際は性交して見せはずだからアメノウズメこそ『愛のコリーダ』よりはるか前の本番女優だと指摘していた。


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 これをネタにして後から宗教に見せかけたものを信奉するのが日本のナショナリズムだが、それで良いのだろうか。

 しかし拒否したりすると弾圧される。殺されもする。そんなことで日本は大丈夫なのか。それが元から日蓮宗の「神道は無力」という指摘だったし、世間一般でも宗教ではない行楽の一つだったのだが、明治時代に変なことになってしまったのだ。


 そういうことを少しは真面目に考えるべきである。

 何も考えていないから、自民党は権力と暴力に訴えるだけで信仰としては無力な宗教と仲良くしてファシズムに傾倒を強め日本の衰退を促進するし、立憲党も「田舎で商売するなら神棚を客から見える所に」という感覚だから選挙で勝てないのではないか。

 現実は、個人でも会社でも神道を宗教として本気で信仰していると病気になったり倒産したりと不幸になっているのが過去の実態である。

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