権力を批判するより黙っているほうが弾圧される現実
- 井上靜

- 2022年8月2日
- 読了時間: 2分
ある芸能人の女性が、追悼と国葬とは別だと指摘していた。よく言われることだ。
さらにこの人は、それを言うだけで迫害されないかと心配になる御時勢だとも言っていた。
たしかに、国葬に反対すると安倍もと首相に対する侮辱だと逮捕されそうである。
実際に、警察はこの種の政治的迫害を日常的にしている。このことは追及する裁判のことなど報告しているし、それで関心をもつ人が裁判を傍聴しようとしたら裁判官が妨害したことも前にここで問題としている。
しかし問題なのは弁護士である。
もともと刑事案件は手間暇がかかるうえ商売にならないから、引き受ける弁護士がいない。儲からないのでやらないと言う人が普通だ。
もと検察官なので経験豊富だから御任せをと宣伝している弁護士も、あくまで法の抜け道を探すのが得意ということであり、権力の不当な弾圧と闘うことはしない。
また、共産党の議員が紹介する弁護士が権力を怖がって逃げてばかりという実態も前に述べたとおりだ。(それにしても、権力の迫害でPTSDになった人に「勝手になっただけ。なるのは勝手だけど」と言い放った女性の弁護士には呆れるけれど)
こんな調子だから、弁護士会の法律相談も期待してはいけない。三十分の相談料五千円と消費税を先払いさせ「警察には敵わない。どうせ無駄だからあきらめなさい」だけで十秒とかからず終りというのが通常である。
もう弾圧が怖いから口をつぐむしかないと思う人もいる。
そんなことしても無駄である。特に女性は、警察官や検察官がセクハラや性的暴行をしたくて目をつけたら、でっち上げをする。これを同類のことを自分でもやっている裁判官がかばうから、やりたい放題である。この現実も前に具体的な裁判例を挙げた。

むしろ、逆に日常的に大騒ぎしているほうが、よほど安全である。黙っていれば見過ごされると思うのが間違いであることだけは確かなのだ。



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