口封じする金が無くなってしまった日本の実態
- 井上靜

- 2020年12月13日
- 読了時間: 2分
80年代に、戦前を知っている世代の人が「戦前は政府や軍部にとって都合が良くないことを言うと警察や憲兵が弾圧したけれど、それが戦後は無くなったものの企業が金で黙らせるようになった」と言っていた。
しかし今の日本は、また公権力が堂々と弾圧するようになった。裁判の実態など酷いものであることは、少しでも関心がある人にとっては常識のはずだ。
もちろん、具体的に対立がある場合なら、一昔前から公権力による公然とした弾圧があった。
例えば、かつて防衛医大裁判の当時、国の代理人をしている元高裁判事の弁護士が、証人の医師に失礼な態度をとって反感を買ってしまったので、法廷で証言されてしまう前に原告を逮捕するよう警察に働きかけていたが、これは具体的な対立のうえ権力側に失態があって焦ったからであると容易に解る。
また、世話になっている出版社には、かつて警察を批判する本を出したので嫌がらせで家宅捜索された会社があるし、他にも警察の天下り先を告発したら社長が逮捕された会社がある。これらは、やはり具体的な対立があったから弾圧を受けたというべきことだ。
ところが最近では、こうした具体性のある動機に欠ける弾圧が起きている。
そうなっているのは、黙らせるための金が無くなって来たということではないか。そんな日本とは逆に、中国は昔と違って金で黙らせるようになっていることが香港など見れば解る。
つまり、日本は戦前に逆戻りしていて、これは自由が無いということだけでなく、金が無いということでもあり、金が無くなったから自由も無いという無様な状態に至っているとしか考えられない。



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