千羽鶴の偽善と感謝状の悪意
- 井上靜

- 2024年1月8日
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被災地の人たちを励まそうと千羽鶴を贈る話題。
これが個人でやったことなら、一生懸命なことに対して「そんなことして何の役に立つのか」などと言うのは如何かと誰でも思うはずだ。
しかし、こういうのは児童に強要する教師が必ずいるものだ。だから、これは病気の見舞いや試合の勝利祈願とは違うし、無理強いされて児童も嫌だったはずで、そんなことされても被災地の人たちは迷惑だろう、という話になる。
なら、焚火すればいいと言うふざけた人もいた。それでは無理強いされたとはいえ折った児童たちが可哀想である。

被災地で働く人たちに感謝の手紙を書かせたほうがいいと言う人もいた。
それだって強要だから千羽鶴と変わらない。むしろ心にもない作文を強要されて気の毒である。子供を洗脳するために、自衛隊に感謝の手紙を書かせろと言う人もいる。こういう嫌らしい政治利用は、被災地の人たちにも、そこで働く自衛隊その他の人たちにも、とても失礼である。
だいたい、本当に感謝なら、待遇をよくするべきだろう。
給食のおばさんに感謝の作文と同じである。
「給食のおばさん、いつも美味しい給食ありがとう」という作文を児童に強要するのは、そうすることで給与や労働条件の待遇改善の要求を封じるためであった。子供たちに感謝されているのだから、それに悦びを感じ黙って働けということだ。
もちろん、子供に「給食が不味い」と言わせない目的もある。
ほんとうに感謝の気持ちがあるなら手紙は政府に出すべきだ。
そこで、消防隊でも自衛隊でも、頑張って働いている人たちに感謝しているから、そんな人たちの給料を増やしてあげて欲しいと請願させる。
そうしたら、教師は立場を悪くするだろう。おそらく教壇を追われる。
政府の工作ならSNSで散々やっているだろう。
だから学校で子供たちにまで強要しなくてもよろしい。



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