再読『人間の証明』
- 井上靜

- 2022年10月15日
- 読了時間: 4分
更新日:2022年10月18日
角川書店の社長は兄に続いて弟が逮捕された。
しかし兄の時にも権力側に不公正がいくつも指摘されていて、親しい森村誠一氏らが指摘していたし、そこへ勿怪の幸いで入れ替わった弟も捜査に不公正があると主張しているので断定はできない。
この問題とは別に森村誠一著『人間の証明』を再読した。
かつて角川文庫を同級生から借りて読んだが、地元の図書館が77年のハードカバー製を保管期間が過ぎたからと放出したので貰ってのこと。古いけれど汚れてはいない。
この小説は映画化され、続いて連続テレビドラマ化された。映画は端折りすぎと脚色しすぎとミスキャストばかりで、そのせいか話題になったけれど評判は良くなかった。しかしテレビのほうは連続物でじっくり描いていたし、名脚本家が筋立てして脇を名優で固めていたから評判が良かった。
見ていた当時は名脚本家とか名優とか意識してなかったが、新聞に俳優の演技を褒める投書が載っていたりして、なるほど見応えがあると思ったものだった。そうでないと細かいことは小学生に解らなかった。しかし物語は次第に謎が明らかになって盛り上がるので、食い入るように見ていた。学校でも教室で話題になった。

すると担任教師が怒った。
放送時間が遅いから子供が見てはいけないと言う。夜の10時代で、終わると11時近くなるが、土曜日だし通常より1時間程度遅いだけだ。また、子供が見るには不適切な内容ではない。そういうのは11時をさらに過ぎてほんとうの深夜になってから放送である。しかし担任教師の女性(当時27歳)は執拗で、感情的であった。
それで親は先生が非常識だから無視しろと言った。
これは、皆の親が言った。その程度のことで駄目だと言うほうが間違っている。しかも推理物であると同時に社会派ドラマで、松本清張と同じく犯行動機に社会の問題が潜んでいる。すぐに中学生になり、その3年後には早ければ社会に出る年齢だ。それなのに、もっと放送時間の早いアニメか何かでも観ていればいいと先生は言いたいのか。
この教師は頭が悪すぎた。
他のことでも変なことばかりだった。例えば、今日はラジオで『メリーポピンズ』の音楽が放送されていたけれど、真似して傘を開いて飛び降りた場所が高すぎ怪我した児童がいて、それを引き合いに出して「他人がやっているからと同じことをするのか」と感情的に言ったことがあった。この話、もとはといえば危険でも不道徳でもないことなのに、他の人と違うことをするのが悪いというファッショ的な発想で児童を叱ってばかりの教師だから、それ自体は悪くないうえ他の人もしていることだと抗弁しただけ。それなのにメリーポピンズの真似した児童の真似をするのかと怒って言う頓珍漢。たまたま音楽で思い出したから例に出したが、他にもっと無茶苦茶なことを言いまくる人だった。
この教師が出た大学は偏差値が低かった。
今でいうFラン大くらいの難易度が存在しない大学だった。もちろん偏差値で知性も人格も決まるわけではない。しかし、あまりに酷いので、他の原因とともに大学のことも言われていたのだ。
森村誠一の『人間の証明』は松本清張の『砂の器』と同様に殺害された人の発した謎の言葉から捜査が始まり、意味不明だったのは訛りのためと判明するなど影響が伺える。そして『人間の証明』ではニューヨークから来日した男性がハーレムの訛りを気にしていたから発音が変わり、そうなるのは人種差別や貧困のことがあり、しかも実は過去に米兵と日本人女性との間に産まれていた混血児であった、などの背景が事件に存在していたのだ。
だから社会派ドラマなのだが、この教師は自分が解らないというだけでなく、自分が解らないのだから子供に解るわけがないと信じたがっていた。しかし事件が解明されてゆく面白さとともに社会性の要素でも話題になり「終戦直後によくあったらしい」「今でも沖縄では続いているそうだ」という会話になった。これくらいなら小学生でも高学年になれば解る。それを担任教師は「何て生意気な」だったのだ。これは他のことでも貫かれていた。
そんなことも思い出しながら『人間の証明』を再読したのだった。



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