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東野圭吾の訃報で思い出す推理作家志望の同級生

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 7月28日
  • 読了時間: 2分

 『容疑者Xの献身』の作者である東野圭吾さんが病死。

 癌だったそうで、68歳とは少し早死にだと残念がられている。

 たいへんな話題だった『容疑者Xの献身』は推理小説と普通娯楽小説の両方で受賞していて、これが推理小説を低く見る小説家から扱き下ろされ、推理作家からは推理小説に満たないと評する者もいた。

 このことで同級生のことを思い出した。



 その同級生は中学生の時に推理作家になりたいと言っていた。

 そして彼は、誰よりも推理小説をたくさん読んでいることを自慢していた。しかし推理作家になれなかった。売れなかったのでも認められなかったのでもなく、遂に書けなかったのだ。

 つまり、たくさん読んでも、そこから面白さの要素や物語の本質といった所謂エッセンスを抽出して読み取ることができなかったのだ。 

  

 しかも、彼は勘違いしているようなことを言っていた。

 「小説を書くのにジャーナリスティックな本は読んでも役に立たない。SFやミステリーを読むべき」と言ったのだ。

 SFとミステリーの二大分野では純文学と違ってアカデミックな評価が得られないと言うなら常識的に考えれば理解できるし、またSFはマニアックで小説で稼ぐのは難しいからミステリーの方が商業的に有利だと言うのなら当然のことだ。

 それに、松本清張のような推理小説を書くのにジャーナリスティックな素養は必要不可欠だろう。

 

 赤川次郎も言っていた。

 推理小説は犯罪を扱い、犯罪は社会の歪みが原因だから、どんな推理小説でも社会に無関心では書けない、と。

 また、その同級生は佐野洋の小説を特に好んで読んでいたが、佐野洋も元新聞記者であったし、その体験が小説にも反映している。

 それなのに、変なことを言っていた同級生は、浅い読み方しかできず面白さが解らなかったのではないか。

 

 そんなことを人気作家の訃報から思い出したのだった。

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