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人権に無関心な西洋かぶれリベラル

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年3月18日
  • 読了時間: 2分

更新日:2024年3月18日

 日本のリベラルを自称する人たちの西洋かぶれは度し難い。

 それは別の問題としても、ならばアメリカやヨーロッパの仲間として扱ってもらうためには軍事に関することばかりでなく、人権や社会制度についても「グローバルスタンダード」に合わせていかないといけない。

 そういう指摘があるけれど、なぜかリベラルを自称する人たちには理解不能の人が目立つ。



 例えば基地問題である。

 沖縄の米兵による少女暴行事件で、アメリカ側は被疑者を日本に引き渡さなかった。まるで治外法権である。だから対米従属への批判なら噴出した。

 しかし、そのさいの理由として、日本の刑事司法制度が国際的な人権水準を満たしていないとアメリカ側が判断したこともあったのだ。

 この事実は、もっと知られるべきだと言う人がいる一方、知っても理解不能の人が少なくないのではないか。


 アカデミー賞記録映画『ザ・コーヴ』を思い出してみよう。

 ここで動物愛護団体の外国人が、日本人は食料に困ってもいないのにイルカを殺し、その肉を珍味だと喜んでいると非難している。そして、これは一部の人たちの趣味なのに、多くの日本人は知らないでいるから啓発したいと来日する。

 そのさい「日本で活動するさいは警察に逮捕されないよう要注意だ。弁護士つけずに警察の密室で取調され拷問もあり、そうして採られた自白調書で有罪になるのが日本の刑事司法の殆どなのだ」と、動かしがたい事実を指摘のうえで、そんな野蛮国だから動物虐待が平気なのだ、食文化への干渉ではなく野蛮人のすることを止めさせたいのだと言われていた。


 これに、中世の封建的な感覚の人が反発するなら当然だ。

 ところが、西洋的価値観が大好きな人たちでも、なぜか権力による人権侵害については甘いどころか無関心である。「人権派」「護憲派」と名乗る人たちのうち、かなりの部分が、理解できない人たちで占められている。

 これについて、輸入品の価値観だから咀嚼できない人たちがいるという説明が昔ならできたけれど、今は釈明にもならない。なぜか。ポジショントークをしているだけで社会を良くしたいという気が無いのだという指摘する人がいたけれど、それが当たっているのではないだろうか。

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