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五体不満足の金閣寺

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年4月8日
  • 読了時間: 2分

 「五体不満足」で売り出した乙武洋匡という男。

 この人は上昇志向・権力志向であり、これは周知のことだ。前に失敗したのに懲りずというか諦めきれずというかで選挙にまた立候補を表明している。

 これを自民党が推薦することにしたけれど、公明党は難色を示した。公明党の支持母体である創価学会の婦人部から反発されるからだ。乙武が評判を墜としたのは女性問題だからで、こういうことに創価学会婦人部は神経質である。自分たちの組織の上層部については、かつての池田大作会長から色々とあっても大甘である一方で。


 乙武洋匡は三島由紀夫の『金閣寺』そのものだった。

 生まれつき足の動きが不自由であることを利用して女性の同情を買う柏木というキャラが出て来て、これについて主人公の説明が長いから三人称にしておくべきだったと言われる場面など、とにかく障害を不幸とは考えず上手く利用すればむしろ幸運だと考えて実行している描写がある。

 だから、乙武洋匡の女性問題がマスコミにも取り上げられたさい『金閣寺』だと言われたのだ。しかも「下半身大満足」とか「五人でも不満足」とか皮肉られていた。



 「身体障害は不便であっても不幸ではない」

 これは乙武洋匡が言う前から知られている言葉だ。ただし、後からけがや病気で身体障害者となった場合、これまで努力してきたことが全て無駄になってしまい、いまさら年齢は戻らないのでやり直しが出来ず、人生設計が破綻してしまうから、それで自殺する人もいるし、精神を病んでいる人もいる。そういう人たちを、精神科を中心に総合病院になっている都立松沢病院に行けば見かける。

 そうではなく生まれつきの障害なら、それを前提に人生設計することも可能である。ところが、蒙昧な一般人から差別や偏見を受けたり、公共の場が障害者への無配慮だったり、ということで困ったり苦しんだりする。


 この弱者を虐げる社会に対し乙武洋匡は肯定的である。

 ちょうど、貧しいなど恵まれない出自の人が、自分だけ抜け出せば良いという発想をしたり、女性なのに女性が差別されているのを嘲笑しながら男社会に擦り寄ったり、というのと同じである。

 こうなることは予想できた。特に画期的でもないのに乙武洋匡のことはマスメディアが大々的に売り出したことについて、障害者の問題に関心がある人たちは違和感を覚えていたが、そうしたら「やはり」ということだ。

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