ミャンマーで軍の叛乱は米国が原因を作った
- 井上靜

- 2021年4月21日
- 読了時間: 3分
更新日:2021年4月23日
軍の叛乱が起きたミャンマーで、反発する市民に弾圧があったとか、取材に入った外国人の記者が拘束されたとか、騒ぎになっている。
この原因は、もとはといえば米国が原因を作った。東南アジアでは他にもカンボジアの先例がある。
かつてカンボジアでは、米国が傀儡政権を作ろうとした結果「ロンノル政権」が成立したが政情不安となり、そこへ「イエンサリーポルポト政権」が取って代わった。これは中国の影響を受けながら、もっと過激にやろう、という急進派の野合だった。
そして敵対する勢力および敵対勢力に協力しそうな人たちなどを片端から殺害し、さらに、外貨獲得のため米しか作るなと強制して、できた米は輸出してしまうので食料が足りなくなり大勢の餓死者を出した。これが「カンボジア大虐殺」である。

今のミャンマー情勢も、もとは米国が傀儡政権を作ったことに起因している。
そもそもミャンマーでは政治の混乱のため軍部が乗り出し、無秩序よりはマシだということだったが、それにしても強権で押さえつけ続けると無理が祟って様々な害毒が出る。
そこに、反軍事政権の活動家としてアウンサンスーチー女史が担がれた。彼女はアウンサン将軍の娘という親の七光りで、父親は英国の傀儡だった。だから娘も父親に習って国名は英語読みのビルマに拘っていた。これに対して国粋主義の軍部は民族読みのミャンマーを採用していた。
やはり日本でも右翼民族派の人たちが、国連の席に「JAPAN」と表記されていることを批判しているが、そういうことを無視して家畜人ヤプー放送テレビ朝日では久米宏などがアウンサンスーチーを美化し、彼女に追従してビルマと呼ぶべきだという下らない主張をしていた。
ところが、米国のオルブライト長官から指示を受けて成り上がったスーチー女史は、米国の傀儡になりきらず、中国との関係を重視した。
そもそも米国が東南アジアに傀儡政権を作りたがるのは中国の影響を封じ込める政策なのに、それに従わないのでは見捨てられる。そして少数民族迫害を批判されるようになった。ロヒンギャ問題という件である。
ほんらい「反体制活動家」というのが客観的な表現だったのに「民主化運動の指導者」という評価的で不適切な表現を報道に使用させたのは米国の影響力によるものだった。その後ろ盾を失ったスーチー女史ということである。
まるで『仁義なき戦い』の名セリフ「あんたは初めからワシらが担いでいる神輿じゃないの」「神輿が勝手に歩ける言うなら歩いてみいや」である。これが米国のスーチー女史に対する本音だろう。
そして、対立してきた軍部が、ここぞとばかりに叛乱したのだ。樹立した傀儡政権が失敗して、反発してきた勢力が暴れ出す。ミャンマーもカンボジアと同じなのだ。
だから、この混乱は米国が原因を作ったのだ。米国に操られている日本のマスコミは批判しないが。これだから、日本のマスコミは対米従属の自民党政権に対しても無力なのだ。



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