ピアノ曲と小泉今日子について
- 井上靜

- 2020年9月19日
- 読了時間: 2分
更新日:2021年6月24日
今年の夏は去年に比べると暑くなかったが残暑は厳しく、寝苦しさから昼に眠くなること度々で、だから作業中に眠気覚ましでラジオをつけていたけれど、そこでFMから放送されてきたのが『ゴールドベルク変奏曲』だったから最悪である。冗談ではなく本当のこと。
その数日後、デビット=ヘルフゴッドの演奏が放送された。得意のラフマニノフのピアノ協奏曲3番などであった。この人は映画『シャイン』のモデルであるが、しかし中村紘子は、聴いてみたら素人臭いと述べていた。実際そうだった。精神病の挫折から復帰したという美談だけの人ではないだろうか。
さらに数日後、ベートーヴェン生誕250年ということで、ピアノソナタ25番『熱情』を放送していた。
昔、大映テレビの連続テレビドラマで、これが課題曲の音楽コンクールに出る主人公を小泉今日子が演じていた。ライバルの嫌味お嬢様が高木美保であった。そして今、権勢に媚びない小泉今日子、権勢に媚びる高木美保、ということになっている。
だいたい、小泉今日子の発言は特に政治的でなく、ただ権勢に媚びることを潔しとしないだけだが、それを政府に批判的だと勘違いする輩がいるのは、それだけ多くの芸人が権勢に媚びているからだろう。
かつて中森明菜は、同期デビューの人たちとはライバルなので距離をおいていたが、例外は小泉今日子で、心を開いていたと言っていた。他のことでは不倫とか色々と言われているとおりでも、それについて価値観は人それぞれ。しかし権勢に媚びて当たり前だとするか、そんなことは潔くないとするか、この違いは人を判断するのに結構重要だ。
もとは、アイドルとして人気を博していた当時、中森明菜は「本音の人」で、小泉今日子は「お調子者」というのが一般的な印象だった。ところが、中森明菜の見方は違ったということだ。そして、その見方は当たっていたということなのかもしれない。



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