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ダイインを嘲笑するネトウヨはマスコミが醸造した

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年8月14日
  • 読了時間: 2分

 「ダイイン」というデモンストレーションがある。

 抗議の座り込みとは違い、横臥して死者と一体化した想像をし、同時に見る者に想像を催させる行為である。だから反戦反戦の集会などで行われる。目立つという効果もある。

 これを、原爆犠牲者追悼のさい行った人たちに対し、嘲笑するネトウヨやヘイターがいた。自動車で轢き殺せと言う者まで。悪ふざけとはいえ殺人を唆して暴力的だから、悪質であると批判する人たちもいた。



 ただし、何十年もの昔からマスコミがダイインを非難してきたのだ。

 そこで曽野綾子や呉智英を起用していた。この人たちは、例えば演劇で障害者や病人に扮することは、ほんとうの障害者や病人に対して失礼だというのと同じ理屈を説いていた。揶揄うために真似するのとは違い、演じるというのは理解を深める想像力を働かせるための行為であるのに。

 もちろん、やり方によっては実際に失礼なこともあるし、失礼ではないのに言いがかりをつける人もいるし、当事者が苦労したため頑なになって「他人に解かってたまるか」と言う場合もある。

 このように様々で、それは違いが微妙だからであるが、そんな細かいことなど考えず、権力に物申す行為だから貶めている人がいる。それをマスコミで商売にしている人もいる。


 それがいかに間違っているかを語ると、考え方は人それぞれだと嗜める人がいた。

 しかし、マスコミ上でのことであるから個人的な意見を否定するのとは全く違う。その違いを無視して甘い態度で放置してきたから現状があるのだ。  そんなの昔の話だと言う人もいるが、過去の反省は必要だ。


 なによりマスコミが関与していたことが問題だ。

 だから個人攻撃ではない。曾野綾子も呉智英も弱い者いじめ発言を売りにすることしばしばで、そのうえ事実誤認と没論理しかも性格がひどく捻くれていることが言動に表れていることで共通しているが、そんな人を凶器をとして利用しているマスコミが主犯である。

 そして過去のことが直接に現在への影響とはなってなくても、誤りを糺さないできたことが続いたから、それで今、誤りなのに自分は正しいと信じたり恥知らずに悪ふざけしたりの人たちが平気でいるのだ。

 そういう風潮になってしまったのは、過去の怠慢が原因である。仮に今始まったことだとしても、始まってしまう社会になった原因は過去の怠慢にあるから反省が必要だ。

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