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  • 執筆者の写真井上靜

エホバの証人ほど有益なものはない

更新日:1月7日

 エホバの証人(ものみの塔)を、統一協会に便乗して叩く人たちがいる。

 しかしエホバの証人ほど有益なものは無いのだから、ことさら一部の狂信者の言動を取り上げて信仰そのものを非難している人たちは社会にとって悪影響である。


 まず宗教の勧誘を拒否するのに便利だ。

 これは知り合いで安倍晋三と同じ病気のため苦労した人のことだが、この人は自民党には批判的というだけで極めて保守的な考えであるにもかかわらず、病気に付け込んで宗教に勧誘する人がうるさいので、一時は共産主義の無神論者だと言っていた。

 しかし、無宗教なら説得すれば良いと考える人たちがいるので、それより既に他の宗教の熱心な信者であるほうが説得困難だから、そうしておけばしつこくされないと気付き、それで何が最も効果的かと試した結果、やはりエホバの証人であることを実感したという。


 また、悪い医師を遠ざけて命を守るのに良い。

 しなくても良い手術をすべきだと騙したうえハイリスクな輸血や止血剤を同意もなく実施する医師や病院は後を絶たない。その場合、エホバの証人であると言えば、信念が硬いと見られて安全性が高い。

 過去にエホバの証人で輸血の不同意が騒がれたさい、どちらにせよ死亡した患者は助からなかった可能性が高かったということがあったけれど、もともと、輸血すれば確実に助かるが、しなければ確実に死ぬ、という事態は極めて稀である。それなのに、とにかく専門家に任せておくべきだと信じて安心できるほど医療業界のモラルは高くない。

 また輸血と同じく食べ物の強要についても、菜食主義だと言うより効果的なのは戒律に違反するからと言うことで、断りやすく無理強いはされにくい。


 国の暴力に抵抗しているのもエホバの証人である。

 信仰から非暴力主義なのに武道を強要する学校に抵抗した立派な学生は信者であったし、これにより兵役も命がけで拒否するから世界各地で良い影響がある。スポーツ選手にも、神より国を上に見る国歌斉唱などを拒否している人たちがいる。

 ただし、アメリカの本部が政治に妥協したことが批判されたことがあるなど、不安材料はある。



 つまりMe tooである。

 ほんとうの信者でなくても「私も考えは同じ」と言うことだ。そうすれば、他にも退屈な宗教がかった行事などに付き合いたくない場合とか、いくらでも言える。

 それで良かったことがあれば、入信はしないが一部で共感しているからと寄付してやればいい。これは、共産主義者ではないが自民党や創価学会に怒っているから共産党に寄付している人たちがいるのと同じことである。

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