「国のやることに間違いはない」ことにする
- 井上靜

- 2023年3月14日
- 読了時間: 2分
新型肺炎で国の言う事やる事が迷走している。
だから「国のすることに間違いはない」と思ってはいけないと指摘が出ている。もともと常識のはずで、せいぜい、よくわからない団体や業者よりは信用できるという程度のことだった。
ところが「国のやることに間違いはない」と言う人たちがいる。
これは、実際にそうなのではなく、実際は違ってもそうだということにしてしまう、という意味である。この最たるものが警察で、法律に違反してなくてもしたことに権力が仕立てるのだと、警官がよく言っている。

これを知らない人は、それに出くわしたことが無い人だ。
そういう人たちを無知とか蒙昧とか言って非難することは、自分にはできない。なぜなら、権力は腐敗するものだと思ってはいても、実際に出くわしたら、まさかここまで図々しいとは思わなかったと呆気にとられるからだ。
拙書『防衛医大』で述べた警察の対応も同じだ。
国のすることに間違いはない「はずだ」から、国立病院に医療過誤は存在しないことに「する」という警察官たちの言動について、それが仕事だと信じているのだと言ってきた人がいる。この人も、自分で体験するまでは知らなかったそうだ。
また、買収されたのではないかと疑う人もいたが、公的機関に勤務していた人は違うと断言する。ちょっとした付け届けくらいでは動かない。そうではなく昇進などの地位に関係することで影響を感じて、圧力に屈するか、忖度するか、ということだ。
それで呆気にとられるほど図々しい不正をするのだ。
そのうえ、不正をすることで不正が無いことにしてしまう、という悪循環なのだ。



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