top of page

​炬火 Die Fackel 

更新日:2025年4月22日

 前に、こんな話をした。

 かつて同級生が西武新宿線に乗っていた時。『機動戦士ガンダム』などアニメーション映画のキャラクターデザインで知られ、漫画家としても活躍してきた安彦良和氏を偶然に見かけて、頼んでサインしてもらった。

 そういう話だった。


 そして、こんな話にもなった。

 その安彦良和氏が、『ガンダム』に出てくる「ニュータイプ」を支持しないと発言していた。また、これよりずっと前に、『ガンダム』の製作者である富野由悠季氏も、テレビに出たさい「ニュータイプ」という設定を入れたことは間違いだったと発言していた。

 ようするに富野氏の発言とは、人間が次第に進歩することについて「ニュータイプ」という概念を作る必要はなかったという趣旨だったし、安彦氏は「選民思想」に繋がるものだと指摘していた。

 ということで、『ガンダム』を作った中心の二人が「ニュータイプ」なるミュータントというか新人類というかの設定を否定したのだ。

 ところが、「ファン」「マニア」「オタク」の人たちは、「ニュータイプ」が出てくるからこそ面白いので、これがないと作品は意味をなさないと言う。

  しかし、そもそも『ガンダム』は『スターウォーズ』のような神話伝説調ではないのだから、神秘主義とかオカルトとかに属する設定を持ち込んでしまうと、多くの人は違和感を覚える。

 また、過去のSFアニメのように、宇宙人が侵略してくるとか、マッドサイエンティストや秘密結社による世界征服の陰謀とか、そんな非現実的な敵と戦う話ではなく、今の現実で起きている戦争と同じことが未来に起きたら、どんな科学技術を用いたものになり、どんな政治経済の背景になるか、という追及をする話なのが『ガンダム』であり、それこそ面白さだったはずだ。だから放送当時は、過去のSFアニメと違って大人でも面白いと感じると評価されていたのだ。

 ところが、後から映画化などで人気が出て熱狂的なファンやオタクが発生すると、その人たちは娯楽作品を鑑賞するというより宗教のように扱っている。こういう人たちが主流になると、そうではない多くの人たちは離れるのだ。



 これに対して、別の指摘があったのだ。

 それは、結局『ガンダム』は子供むけにオチを付けたということだ。描かれているのは戦争なのだから、このオチは政治的であるはずだ。しかし、それでは子供には解らないし、子供でなくてもアニメばっかりのマニアやオタクといわれる人たちの頭の中に入っている脳の思考力では理解できない。

 それでオカルトを持ち込んで落した。そういうことをしないSFアニメ『銀河英雄伝説』は、原作の小説のとおり戦争に政治的オチをつけていたけれど、これがアニメのマニアやオタクは理解できていないのが現実だ。

 なるほど。それでニュータイプを否定されると熱狂的な人はヒステリーなのだろう。ただ、それを作者が意識していたというより、そもそも作者の側がオチを思いつけなかったのではないだうろかとも考えられる。

 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年4月21日
  • 読了時間: 2分

 トランプ政権が大学に介入している。

 それに賛同する人たちが少なくない。これについて米国在住の日本人学者が、正直驚いていると言っていた。賛同する人達が言うには、大学には公金が投入されているのだから政権の方針に従うのが当然だとのことだ。この発想がとても危険であることは歴史を見れば明らかなのに。

 しかし、この歴史を見れば明らかなことを解らないのは日本の大学生も同じである。



 かつて日本政府が何かの催しに合わせて国旗掲揚を大学に指示した。

 これに学生たちが反発したけれど、学生の中には「国立だから仕方ない」とか「国立だから当たり前」とか言う人たちがいて、これがテレビのインタビューでも放送されていた。

 国立だから駄目なのに、それを解らない人が一般人だけでなく当の大学生にもいるのだから由々しきことである。


 私立大学には国粋主義を売りにしている所がある。

 これは私学だからわざわざやっていることである。宗教の学校に特徴的で、学問とは無縁なことだからだ。それゆえ、一般的に国立は私立より水準が高いとされるのだ。低水準だから、学問とは関係ないことをやっているし、学問とは関係ないことをやっているから低水準ということにもなる。

 それに加えて、国から金が出ているから従えというのでは、スポンサーやパトロンである。そんなことをしていたらもはや学問ではない。


 これは基礎中の基礎である。

 なのに知らないとか解ってないとかの状態で平気でいる人達が大学生をやっているし、大学教授にすら解らない人もいた。御用学者とか、上昇志向で権勢に媚びている人とか。しかし、そんな人たちは保守的な学者からも軽蔑されているものである。 

 そんな軽蔑されている偽学者を慕っている学生がいることも確かだが、そういう学生は色々な意味で大したこと無い人である。 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年4月20日
  • 読了時間: 2分

 米兵の逮捕相次ぐ 傷害、施設侵入の疑い 那覇署 沖縄

 いつも「◯◯人は日本から出ていけ」とばかり言いつづける差別主義者やネトウヨの連中は、このように米兵が事件を起こしても何も言わない。

 それに、外国人が居ると邪魔だと言いたい人達は、それでは駄目だから、外国人がなにか悪いことをしているというデマゴーグをまき散らしているものだ。

 これを「大和魂」と皮肉った人がいる。皮肉で「ご立派」な国粋主義ということなのだろう。



 しかし 、それは大和魂とかナショナリズムとかではない。

  だいたい、基地問題と排外主義とはまったく違う。米兵の犯罪などは基地問題であり、国防とか安全保障とか、あるいは外交の問題である。したがって、我が国の主権や国民の尊厳の問題になる。ということは、なかなか難しいものなのだ。

 それとちがって、外国人に日本から出ていけと叫ぶのは排外主義であり、これは経済的な事情からの人手不足とか難民とか、そういう問題をまったく考えていない、ただの差別や弱い者いじめだから、頭を使わなくていい。バカでも簡単にできることだ。

 そういう違いがある。


 もちろん強者への媚び諂いもある。

 これで思い出して気分が悪くなるのが、高校の同級生である。間違って入学したが勉強が出来ず留年していた男子だ。自尊心が無いから、基地問題で、どんなにひどいことがあったかという報道から話題になっても「でもアメリカにご機嫌とらないど日本は危ないでしょう」と言い、難しい問題には関心がないとか解らないとか言っておきながら、だったら黙っているべきなのに、それがすら解らない。

 それで権勢に媚びて「ねっ、ねっ」と同意を求めて、これが卑屈だから「にい、にい」と聞こえる気持ち悪い口調になる。

 この調子だから、生徒の人権問題が発生しても、迫害する教師に媚び諂い、声を挙げる同級生に失礼なことを言う。温情で卒業させてもらうしかないと思っているからだ。


 つまり、権勢に媚びる人は自尊心と知性の両方が無いのだ。

 それで、弱い者いじめをすると自らを貶めるということが解らないし、強者に諂っていないと自分が危なくなると思い込んでしまうのだ。

 だた、そういう人を自分にとって都合が良いと思う人もいる。自分が出た高校の担任教師がそうだったし、政府の方面にも同類項がいる。そうなる構造があるからだ。それを踏まえて対応しないと、自分の道をも誤ることになるから、要注意である。


 
 
 
  • twitter

©2020 by 井上靜。Wix.com で作成されました。

bottom of page