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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年5月15日
  • 読了時間: 2分

 米を外国に輸出すると首相は言った。

 美味しい米を世界に供給する義務があると思っているそうだ。さんざん減反しておいて何を言っているのか。その前に日本国民の食べる米が不足していることに、もっと真面目に対策するべきではないか。

 国民の米が足りないのに外国に輸出するのでは、カンボジアの悪名高いポルポト政権と同じである。外貨のために米をみんな中国に輸出してしまい、国内は飢餓状態に陥れられた。これが、今の日本政府がしている行き着く先である。



 しかしカンボジアは宝石が掘れば出るので、そちらに資金が変わった。

 これに対して、日本の場合、前は工業製品を輸出していたけれど、それが駄目になったので、米を輸出しないといけなくなくってしまったのだろう。

 だから、あとは武器輸出である。戦争で儲けることはすまいという方針だったのに、それを否定するため、色々な根回しがされている。

 

 その最たるが学術会議の破壊である。

 ポルポト政権は、ナチスと同様に、邪魔な知識人を抹殺していた。これと同じことである。学術を人道的に利用するための機関があると、戦争に協力しないから邪魔ということだ。

 だから、日本の工業界は軍事産業へ急速な展開をはじめている。もう日本の工業は衰退して外国の製品とまともに競争できなくなってしまった。それで軍需産業を志向している。これとて一時しのぎである。

 だから売り込み先は政府である。どうやって金を払うのか。もちろん税金だが、そのために増税と、福祉や医療の削減である。腐敗した政治家を献金という賄賂で操って、言い値で買わせる。


 こうして、毎日の食べるものにも、病気や怪我をした場合にも、日本国民は困るようになる。

 いくら落ちぶれたとはいえ、ここまで無様になると予想できたか。将来、そうなる可能性が指摘されてはいた。

 ただし、もしもの未来ということであった。その「もしも」が現実として到来したのだ。 

 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年5月14日
  • 読了時間: 2分

更新日:2025年5月14日

 医師の投稿が「炎上」している。

 重度の障害児を抱えた親の人権を守るため、障害児の政策を充実させようというのではなく、障害児穂「安楽死」させらるようにしようと説いたのだ。

 これには障害児の親たちから抗議が寄せられ、また、これでは安楽死ではなく殺処分だという指摘がされた。


 この上松正和医師は政界入りしようとしたことがあった。

 それで選挙に国民民進党からの立候補歴があった。同党は、その玉木代表が、社会の負担を減らすために老人を減らそうと間引きのような発想で語って批判されたことがあった。

 そこで同医師は、候補者としての公約に安楽死を促進する研究をすることを掲げていた。

 これがこの党の体質だと言われた。そのうえで今回の発言である。


 安楽死といえばアメリカのケボーキアン医師が有名だ。

 安楽死で自殺幇助の罪に問われたので、安楽死のための自殺装置を考案したことで知られている。

 日本で有名なのは手塚治虫ののマンガ『ブラックジャック』に登場するドクターキリコが有名で、それを名乗り毒薬をインターネットで販売した者がいたことは話題になった。

 それより上松正和医師の発想は「尊厳死協会」の太田典礼医師に近い。ナチズムと共通する発想だから。

 



 それにしても上松正和医師は安楽死の意義を知らない。

 親を楽にするため障害児を殺害することを安楽死というのだから。ケボーキアン医師やドクターキリコだったら、そんなのは安楽死ではないと言うはずだ。

 そんな発想をする医師がいるということは、医学部では生命倫理を教育しているのだろうかと言っている人たちがいるけれど、もともと医学部にはナチズムに傾倒している医師がたくさんいるので、いまさら驚くには当たらない。ナチスを称えて国際学会から追放された美容外科チェーン店の院長のこともあったではないか。 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年5月13日
  • 読了時間: 2分

更新日:2025年5月13日

 風呂場ではなくシャワールームの部屋が人気らしい。

 とくに若い人から、ほとんど使わない浴槽が無い分だけ広いうえに掃除も楽だし、施設が簡素だから家賃も割安になる、ということで選ばれている。

 これは、湯船に浸かってゆったりするという文化が廃れてきたからだろう。もちろん、燃料費が高すぎるとか忙しすぎるとかでなければ、湯船に浸かることもするだろう。


 忙しいと風呂に時間をかけられない。

 かつて高校三年生の時、学校で、ある教師が、浪人したくなければシャワーで済ませるべきだと言った。毎日のこととなると、それだけ風呂は時間を食うということだ。

 これが老人になると、入浴には事故のリスクが伴う。だから身体を洗うだけのほうが安全である。



 沖縄ではアパートで風呂の有無は言わない。

 どこもシャワールームがあって、浴槽が無い、というのが当たり前だから。暖かいから風呂で身体を温めるという発想が無い。また、日当たり良好とも謳わない。太陽が真上に近いから、日当たりは良くて当たり前だ。

 あと、昔、当時19歳の女性が、風呂に浸かると、ぬるめの湯でも身体がオーバーヒートしたようで気分が悪くなると言っていたけれど、それだけ健康だからだ。若くて健康だと、入浴して身体を温める必要はない。

 ということで、浴槽など無用という土地と人がある。


 自分でも、時間が無いから入浴しなくなっている。

 それ以前からシャワーだけの習慣はあったけれど、そうなったのは、子供のころから風呂の仕度と掃除をやらされたうえ、入るのは家族の中で最後にされ、親より後であるだけでなく妹より後にされたから、ぬるくなって垢が浮いた湯では浸かる気がせず、それでシャワーだけになったからだ。

 よく外国人が不衛生なのにと言って不可解がるけれど、日本では風呂の湯を使い回す。風呂の残り湯は畑にまいて水分と養分にしていたりもする。この入浴の順番は、家の中の序列である。女性が後、嫁が後、婿養子が後、虐待される子供が後、そして後にされる者が準備も後片付けもさせられる。このように家族間で残酷なことをしていた。

 そういうことも、風呂なんて要らないということに、影響したはずだ。

 

 
 
 
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