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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年7月18日
  • 読了時間: 2分

 俳優の高知東生は「陰謀論」にハマっていたそうだ。

 それで、よく、反省をSNSで発信している。自分は他の人と違う真実に気づいた、という快感によって依存症になる。これが陰謀論なのだそうだ。

 こんな単純なことだろうか。


 これが彼のように、自分だけが解かっている、という優越感を持ちたい人なら、そうだ。

 それなら、奇異であればあるほど、そういうことになる。前衛音楽を聴いて芸術が解ると言っている人と同じことである。

 しかし、現実の社会では、金や権力を持つ人たちが裏から勝手に社会のあり方を決めてしまうことは幾らでもあり、それこそ陰謀だから、そういう不正に気を付けることができない人こそおかしいというべきである。



 公式見解に反したら陰謀論というのも滑稽だ。

 例えば、ガリレオやコペルニクスが地動説を唱えたら、それはキリスト教会の公式見解である天動説を否定するものだから、陰謀論なのか。ガリレオやコペルニクスは、キリスト教会が何か企んでいて、そのため天動説を唱えていると主張していたのか。

 ただ、観測の結論である。これに対してキリスト教会のいうことは根拠の無い昔話にすぎないから否定されるだけ。キリスト教会が認識を改めてくれたらよい。正しい少数派などという優越感とは無縁だ。


 つまり高知東生のように自分の動機から他も一緒にしてはならないということ。

 既成の権威ある概念を疑うことは必要なことである。でないと進歩がない。それなのに、ちょうど学生運動世代の老人たちが、自分の世代の挫折感から後世の若者が一生懸命であるのを冷笑しているのと同じように、自分の過ちを他へ勝手に当てはめて語るのは醜い態度である。

 なにより肝心なのは相当の根拠が存するか否かであり、公式発表や御用学者に反対や疑義を唱える者にレッテル貼り攻撃するのは知性を欠いた振る舞いである。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年5月10日
  • 読了時間: 2分

 タレント山崎怜奈の発言が話題だ。

 テレビに出演しているさい、米国の大学でガザ虐殺に声をあげる学生と教授が弾圧されていることが世界的に非難されている問題について、彼女は「ただ、学生たちと年齢が近い私からすると、せっかく入った難関大学を退学処分になるかも知れないその可能性もはらんでいる中で『デモの有効性ってどこまであるんだろう』と思っていて…」と発言した。



 彼女が個人的に卑小なのか。

 そうではなく、日本の社会が窮屈だからなのか。芸能人も、干されたくないからきゅうきゅうとしているのか。それを言ったら芸能人だけでない。

 あるいは、そういうことを芸能人に言わせる番組をテレビが放送する悪意なのか。


 かつてテレビ学園ドラマの『金八先生』にもあった。

 入試も終わり安堵している生徒たちは、他の学校の不良たちの問題で巻き添えになりそうな同じ学校の生徒について心配していた。ここで特に危ないのは、そういう思いやりに基づく心配など警察が何も配慮しないことだった。それは酷いと思うのは当然だった。

 もちろん、軽はずみは駄目だというのは当然のことで、ところがそれを「せっかく受かった高校を無駄にする気か」と言った教師がいたので、これに対して、後のシリーズで教頭になる、口やかましいけれど言うことはいつも正論の女教師が注意した。

 「乾先生、そんな言い方は止めてください。頭ではなく心が冷えます」


 そういうことだろう。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年3月25日
  • 読了時間: 3分

更新日:2024年4月7日

 ジャニーズ事務所の性暴力は問題だが、そもそもはアイドル歌手の終焉が背景にあるだろう。

 これに関して先ず語るべきなのは、1982年にアイドル歌手としてデビューした女の子たちが後に「華の82年組」と呼ばれるようになったことと、翌年は「不作の83年組」と言われるようになった事実である。

 82年組には、中森明菜や小泉今日子など華々しい活躍をしたアイドル歌手たちがいたのに、83年組には、伊藤麻衣子のようにドラマで大活躍はしたがアイドル歌手だったことを知らない人が少なくないとか、桑田靖子のように歌が上手いことはテレビで知ってはいてもヒット曲は何かとなると題名が出てこないとか、タレントとしては知られていても本業のアイドル歌手としては振るわなかった人ばかりである。

 これは、アイドル歌手というものが、70年代に芸能の一分野として確立し、80年に松田聖子が登場した勢いで82年に中森明菜らで頂点に達したことにより行き着く先まで行ってしまったから、後は衰退するしかなかった、ということだ。



 その後の女性歌手はどうなったかを象徴するのが渡辺美里と小比類巻かほる。

 彼女たちは中森明菜らより一つ年下である。小比類巻かほるは二年下だが三月生まれだから年度は同じである。しかし83年組ではなく、少し後に十代でロック歌手としてデビューしていて、ただしポップな歌もかなり歌っているし、二人とも見た目が可愛らしかった。それまでにロック歌手の女性で美人はいたけれど、十代で可愛らしいというのは渡辺美里と小比類巻かほるから始まったといって良いだろう。それで歌唱力は「歌の上手いアイドル」など圧倒してしまうほどで、たいへんな人気歌手となっていた。

 また、小比類巻かおるは、ベテランヒットメーカー井上大輔が作った、彼の得意とするアップテンポな曲を唄っていたし、渡辺美里は小室哲哉が曲を付けた歌を次々と大ヒットさせて、90年代に入り小室哲哉がヒットメーカーとして一世を風靡するまでの知名度向上に最も貢献していた。

 そして、後に女性の人気歌手は浜崎あゆみや安室奈美恵になって、従来の女性アイドル歌手とは明らかに異相となった。


 また、80年代の末は「アイドル激戦時代」と呼ばれた。

 これは爛熟してきたため女性アイドル歌手は質が高まり、容姿端麗なうえ歌唱力もあるのが当たり前となったのだ。にもかかわらず、かつてほど大スターとか大ヒットとかいうことは無くなった。それなりの人気歌手はいたが、かつての隆盛には遥かに及ばない。これはアイドル歌手の終焉を示すことだった。

 そして、既に男性アイドルはジャニーズ事務所がグループを粗製乱造し、ゾロゾロと出てきて唄うから歌唱力など無用になっていたけれど、これに続き女性アイドルも同じことになり、おニャン子クラブやAKB48がゾロゾロと出て学芸会水準の歌を披露することとなったのだ。


 つまり、アイドル用に作られた歌は無用となったのだ。

 これは、誰が唄っても、ポップスはポップスだしロックはロックという、ほんらいの認識が確立したということで、なぜなら社会の文化が洗練されたからである。

 だからアイドル歌手は終焉したのだ。これを解かっていないと、芸なんかどうでもよいから性暴力というジャニーズ事務所の問題なども充分には解らないだろう。

 
 
 
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