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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年1月23日
  • 読了時間: 2分

更新日:2025年8月15日

 とうていアイドルになれない女の子の醜い話。

 これを前に話題にしていた。ここでいう醜いというのは精神的な問題である。もちろんアイドルになるにしては容姿からしてかなり厳しかった。それ以上に、憧れていた中山美穂が、ヒット作を唄うさい自分で楽譜を読んでのことだと知りショックを受けるなど、全体的に甘く考えていた。アイドルには楽譜が読めない人がよくいて、他人に唄ってもらい真似して唄うことがある。それで、アイドルなら楽譜が読めなくてもいいと思い込んでいた。

 しかし、歌唱がしっかりしていて何曲もヒットさせている歌手には、アイドルでも楽譜くらい読める人が昔からいたものだった。



 その兄は楽譜が読めた。

 バイトして、楽器を買ったり音楽教室に通って勉強したりしたからだ。あくまで好きなことには詳しくなりたいという、当たり前のことだった。

 ところが、楽譜が読めなくてもいいと甘く考えていた妹は、兄のことを侮辱していた。どうせものにならないことをしていると言って。まったく努力しない自分を棚に上げて、というより正当化するために、口汚い罵りをしていた。

 

 好きなことをするだけでも努力が要ることは他にもある。

 そうすることで、ただ好きなことでも上手に出来るようになり、より楽しい。また、例えば受験勉強が優先になるなどして、いずれ辞めたとしても、後で友達から一緒にバンドやらないかとか手伝ってくれないかと誘われることがあるし、将来、自分の子供に教えてやることもできる。

 だから、それでプロになるとか、ものになるとか、そういうことでなくても、熱心にやることには相当の意義がある。


 そういうことが、どうして解らないのか。

 そして、やはり前に説明したが、兄は大学を出ていて、これもバイトしながら苦学してのことだったけれど、妹は受験勉強をまったくしないから入れないだけなのに、兄だけ大卒になっていると僻んでいた。

 これは親の躾が悪いからだけど、その親が言うには、生まれつきだから。自分の責任を認めたくないというだけでなく、どうも心の底から本気で、この娘を躾るなんて不可能だと思っているそうだ。よく漫画のネタに、親でもどうしようもない我儘な娘というのが出てくるけれど、あれは作り話のネタではなく実話に基づいている場合があるから、これもその一種なのだろう。 

 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年1月15日
  • 読了時間: 3分

 今は亡き山本コータローは選挙に出たことがあった。

 それは彼が病死するよりずっと前のことで、彼はシンガーソングライターだがタレントとしてよくテレビに出ていたのに急に出演が無くなって、その直後に選挙に出たのだった。このため、山本コータローはテレビから干されたのだろうと言われていた。

 そして、彼が元々から関心があった環境保護と女性の社会的平等権を訴えの中心に据えた団体を作り選挙に出たが、当選者を出すことはできなかった。



 山本コータローとテレビで組んでいたのが田中康夫だった。

 この二人は同じ大学を卒業しているので話が合うような印象だった。そして田中康夫も選挙に出た。こちらは当選できたが、その後は御粗末だった。上手くいかないというより、もともと田中康夫には政治に見識も意欲も無かったのだろうと指摘がされていた。これは彼が新しいことを試みているようでいて実は全く無策だったからだ。

 そして、田中康夫は小説家として一発屋だったから、それで政界入りしただけ、どうせそんなことだったのだろう、と言われていた。


 もう一人の山本といえば太郎である。

 ただ、山本という姓は非常に多く、これより確実に多いのは佐藤・鈴木くらいではないか。だから同じ姓で名にも共通する部分があるといっても、とくに意味はない。

 また、山本コータローはフォークソングが流行っていた時にヒット曲または名曲と言われる歌があり、その上でテレビタレントをしていたし、社会派の発言をすることもしばしばだったのに対し、山本太郎はお笑い芸人ふうのテレビタレントから普通の俳優もするようになったが、演技は下手くそと言われてばかりで、特に社会派の発言は無かった。それが原発事故があったら、原発に反対したら芸能人は干されてしまうけれど、自分は芸能人をやめても原発に反対すると言い出した。かなり唐突であった。

 こうなると、山本太郎は芸能人として限界を悟ったから方針転換したのだろうと言われていたれど、その通りかもしれないと思ってしまう。


 山本太郎は立憲党の支持者から嫌われていた。

 それが最近では共産党の支持者から非難されるようになった。立憲党は自民党の亜流だから相容れないのも当然だが、共産党の方面から嫌われるようになったのは、山本太郎一派による共産党に対する中傷誹謗がひどすぎので我慢できないと言われてのことだ。

 それとは別に、山本太郎一派は経済について付け焼き刃で語るから、基礎ができおらず無知が丸見えである。これは前にここでも具体的に指摘したことがある。

 こうなると、芸能人として先が見えてしまったから、その知名度がまだあるうちに、これを利用して政界入りしようと計算したと看做される。これは初期から言われていたことだが、最近の山本太郎一派と他の野党との軋轢がひどいので、なおさら危惧されるのだ。

 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年1月12日
  • 読了時間: 2分

 「中居くんが一番すき」

 と言っていた女性がいた。木村拓哉などより真面目そうだからと言う。しかし、中居くん今では性暴力で芸能人生命の危機だし、その前から、例えばテレビで宮沢りえと共演したさい、中居正広が彼女に嫌らしく触ろうとしているのを見かねた木村拓哉が阻止しているのを多くの人が見ていた。

 どういう観察眼を持つと中居くんが一番すきと言うのか不可解だった。


 中居正広は性暴力の被害者と示談したから芸能活動できると言いたげだ。

 それで非難されている。あくまで示談とは被害について話し合い解決したことであって、やったことが悪くなかったのとは違う。ここには、芸能人が立場を利用して性暴力をふるっても普通のことだという感覚がある。

 だから、中居正広だけでなく松本人志も同じことをしているし、中居正広の育ての親が酷かったことは語り草である。他にも裏方の立場で地位を濫用している者がいるのは当たり前の世界だ。

 


 これは芸能だから目立ちやすいだけで他の分野にもある。

 もともと、衣食住が満たされただけでなく、過剰に財力を得て、名誉と地位と権力を持て余したら、それを用いて劣勢に立つ人を性的虐待などで弄び優越感を味わおうというのは、ごく自然に発生する劣情だから、そんなことをしないように道徳を説いたり、やらかしたら刑罰と社会的制裁を加えたり、などするより前に、社会から支配と被支配の関係を無くすことだ。

 なぜか、こうした社会的力関係それ自体の存在からして不健全であることを理解できない人が多すぎる。


 それが当たり前だと言う人がいるものだ。

 そうやって自分だってここまでやってきたと言う。そんなことしてはいけないのだから、自慢したり誇ったりしてはいけない。

 そんな自慢したり誇ったりする人は、努力したのでも成功したのでもないから、軽蔑されるべきなのだ。

  

 
 
 
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