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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2020年11月22日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年6月24日

 「反自公ネトウヨ」と呼ばれる連中がインターネット上にいて、自公政権を批判するデモに参加して熱心という者でありながら、例えばアメリカを批判すると「で、その根拠は『スプートニク』と」いきなり嫌らしい調子で決めつけてきたりする。

もちろん内容的に全然違うし、自公政権に反対するデモは、その対米従属を批判しているはずなのだが、そんな事実と自らの矛盾など意に介さない連中である。ちょうどネトウヨが唐突に「朝日が~」と喚くのと同じなのだ。

 これでは、かつて冷戦時代に、右翼雑誌とその受け売りをする右翼団体の機関紙誌が、旧ソ連のモスクワ放送日本語版と強引にこじつけて「赤い電波に影響される日本の新聞」と嫌らしい非難をしていたのと同じである。


かつては、対米従属の日本政府に批判的であるなら、反米の立場からアメリカのリベラルについても偽善的だと指摘するのは普通のことだった。有名人なら本多勝一や小田実らが、報道されている上辺だけで判断しては見誤ると指摘していたし、それは対米関係に限らない当たり前のことであるはずだ。

ところが、そういう人たちが引退や死去で活躍しなくなると、アメリカのリベラルによくある偽善性を指摘したらネトウヨ的な人ばかり共感してくる。

 また、大橋巨泉のようにリベラル派だが自他共に親米の人は、右翼から攻撃されたうえ、左派からもノンポリからも「アメリカかぶれ」と非難されていたものだったけれど、そういうこと今では言われなくなった。

 これは結局、自公政権を批判するデモに参加する人でさえ、メディアリテラシーなどの感覚を持ち合わせておらず、類型的で単純な思考しかできない証左ということだ。だから自公政権が続いているのだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2020年11月18日
  • 読了時間: 2分

 もう随分と前のことになるが、友達と一緒に行ったことがある店で働いている女性から電話があり、ハロウィンパーティーをするから来てほしいと言われたが、生憎インフルエンザのため外出など無理な状態だった。

 これに彼女は焦った様子で、チケットのノルマを課されていて、売り切れないとペナルティなってしまうと言う。しかし、とても行ける状態ではなかったし、無理して行っても感染させてしまう危険がある。彼女は全く休みなしで出店していて、風邪くらいでは休ませてもらえない。それでも来て、と言う。これだから、逆に客が従業員から感染させられてしまうこともあるだろう。


 こういうことがあったから、志村けん死去の報で、彼は客が来なくて困っていると懇願されて応えたのが仇になったのではないか、と言われているのも当然だと思った。

 それで、新型肺炎ウイルス感染拡大の防止に公的な経済支援が必要なのだと指摘されているけれど同時に、このような仕事に従事している人たち、せざるを得ない人たち、などへ特に配慮すべきだとも言われている。

 ところが、政府は冷淡である。政治資金で飲みに行くような連中に解るわけないことはもちろんだが、けっこう女性が女性に冷たいものだ。

 これは専門書の出版社に勤務している女性だったが、彼女は一流大学を出て堅実な職場に就職したのだから「勝ち組」だと言っていて、飲食店で働くような「負け組」など知らんということだった。そして、彼女は普通に生理休暇を取っているけれど、同僚で労働組合活動に熱心な男性をモノ好きと小バカにしていた。自分が生理休暇を取れるのは何故か解っていないのだ。


 前に吉本興業のお笑い芸人が、女性の芸人には生理休暇を認めるべきだと会社側に申し入れたら「そんなに休みたければ、ずっと休みいや」と言われたそうだけど、これは水商売も同じで、キツイから休ませてとホステスが言うと「ずっと生理休暇あげるわ。もう来なくていいよ」とママに言われるのがオチである。

 そうでない職場で働いているのは自分が努力したからだと言う女性は、そうでない女性を見下していて、職場の環境を良くするために努力している人も嘲笑し、他人の努力の成果の上澄みをさらっているのだが、それを自分は要領が良いと自覚しているなら処世術が上手とか狡賢いとかいうことになるが、そんなことすら考えていないものだ。


 このようなことが、もともと日本社会の下地として存在しているから、政府の対策が無茶苦茶でも、ある意味では当たり前のことなのだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2020年10月26日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年6月24日

 拙書『防衛医大…』(ホームページ参照)のなかで、防衛医大による不適切な手術の被害を東京警察病院が改善したという事実が述べられている。

 そのさい、同病院の医師たちが、完治は無理でも可能な限りの回復に尽力しているなかで、同科の部長だけは傷を指で突いて嘲り笑った。こんなひどいことになって、元に戻らなくて、裁判に訴えても負けると、顔を近づけて嫌らしい目つきをして大声をあげて。

 これについて、この医師を知っている他の病院の医師たちは、部長というのは親の七光りで、人柄的に評判が良くない人だと言った。

 それにしても、不適切な手術だからと笑っておいて、それを裁判に訴えても負けると言ってまた笑うとは、奇妙である。

 これは、嫌な奴だから意地悪さえすれば満足ということかと思ってしまうが、後で専門分野が異なる他の医師に話を聞くと、ちゃんと意味があると言われた。まず、病院は違っても科目は同じだから身内意識で庇っているのだろうと推測した医師がいるけれど、それ以上に健康保険がらみだと指摘した医師がいた。

 つまり、自費による充実した治療ではなく、健康保険が適用される安い治療をしたので、それだと悪くなるだけで良くならないと解っているが、それでいて「藁をもつかむ」気持ちで無駄かつ危険な手術を受けた貧乏な患者だと思い、嘲り笑ったのだろう、ということだ。

 だから、他の専門医も、嘲り笑う非常識はしなかったものの、医者が騙すなどした証拠があれば別だが、そうでないと患者が悪いことになってしまうと指摘していた。これを受けて、裁判で医者の様々な不適切を証拠と共に指摘し、被告側の病院も非を認める結果となったのだった。

 例の部長は、警察病院勤務の傍ら別の診療所で、保険適用ではない高額な自費治療の商売をやっていた。これで大金を患者から取り、おかげで高級ブランド品に身をくるみ高級外車を乗り回し、という生活をしていたことは語り草である。

 これと同じことをしている医師は、科目を問わず大勢いて、それではいけないと言っていたのに変節する医者も大勢いる。

 こんな実態なのに、破たんした健康保険制度を守ろうと言う人たちがいる。それは、幸か不幸か「知らぬが仏」なのだ。

 
 
 
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