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​炬火 Die Fackel 


 カルト宗教団体との関係を国葬で紛らわす予定の故安倍元首相。

 安倍首相は国会で虚偽答弁を繰り返した大嘘つきだったが、自民党内からも呆れられていたことが何度もあって、その一つが「自衛官の子供が学校で憲法違反と言われて虐められている」という作り話。

 これに石破もと防衛庁長官が「そんなことは、ありません」と指摘していた。過去の自民党内閣の見解にも反していて、いくらなんでもデタラメがひどすぎる。



 その逆なら、自分の体験であった。

 中学生の時、休み時間の教室で、沖縄の話題になり、文化の違いは当然のことで、かつては独立国だったという一般常識から、自衛隊が最初に来た時に、外国軍は来るなと抗議した住民がいたという話をした。別に自衛隊を批判したわけではないし、現在の上皇も皇太子時に沖縄を訪問したさい火炎瓶に投げた者がいて、これに驚いたが、そのあとは、元は国王がいた土地という事情を考え込んでいたと言われる。

 ところが同じ組の自衛官の息子が「うち、自衛隊だからな」と言った。わざとらしく傷ついたようにして。これに同調して「可哀想じゃないか」と言って責めた男子は、親が会社を経営していて裕福だからと、いつも貧困な人を見下したり障害者を貶めたりしているくせに、職業差別でないことを職業差別かのように言ったのだった。


 彼らは、社会の弱者に思い至ことが嫌いな同級生だった。

 それで、自分は強者の側にいると安心したがり、この安心が場合によっては弱い者虐めに繋がることを考えたくない。しょせんその程度のことで、ガキの発想としては精一杯だったのことだろう。ただ「三つ子の魂百まで」というけれど、その後に彼らが成長したとも考えられないが。

 でも、これが普通だろう。だいたい虐めをするのは権勢に媚びるからで、安倍首相が言ったようなこと、あるわけがない。

 そして計算が狂って、この結果、安倍元首相は元自衛官に殺害されたのだった。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年7月22日
  • 読了時間: 1分

 ナベテルこと渡辺弁護士は憶えていると言った。

 彼がツイッターで政府の政策に難癖をつけていたのを引用リツイートする形で、こんな批判は「安倍憎し」で言っているだけだとこき下ろしていた。それが後で「安倍殺し」するとは、世の中いったい何が起きるかわからないものだ。


 その山上容疑者は、このあとどうなるのか。

 裁判になれば、その動機が法廷に出る。統一教会と自民党を中心とした政治家たちとの危ない関わりについて騒ぎになることを避けたい人たちがいるだろう。これだけは避けたいはずだ。



 ということで、口封じが思案されているのではないか。

 すると、連行の途中でルービーみたいな奴からオズワルドみたいに殺害されるということは無いだろうか。

 あるいは自衛隊病院に入れられてロボトミー手術で廃人にされる。あの『皇帝のいない八月』という映画に出てきたように。

 それとも精神病による犯行とされて無罪となり、裁判は無くなり病院に入れられて薬漬けにされる。


 とにかく、色々と喋られては不味いということは確かだろう。

 なので、公正な裁判が行われるか注視するべきだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年7月14日
  • 読了時間: 2分

 オウム真理教事件の当時、筑波大学の学生は就職活動で困ったと言う。

 なぜなら筑波大学は怪しい宗教団体の魔窟のような印象を持たれてきたからだ。福田信之学長の専制支配により、学内での諸活動は禁圧され、大学当局による統制が強まることで抑圧的になることを批判するさいの「筑波化」という言葉まで出来たほどだった。ところが例外は統一教会で、特別扱いされていた。福田学長は統一教会の熱烈なシンパだった。

 だから、オウム真理教に一流大卒の信者がいてヤバイことをしていたということから、オウム教事件があってからは筑波大の学生に対して疑心暗鬼なる人がいて、学生は就職活動のさい苦労させられたというわけだ。


 もともと福田信之という人は、本業では実績のない物理学者だった。

 そして同窓生から「ヘァツ」と言われていた。理工学用語でドイツ語を使うから、そこで「性格が悪い」を婉曲に「心」と言うのを、エナジーではなくエネルギーというのと同じでハートではなくヘアツ(Herz)と言ったのだそうだ。

 そんなヘアツの人が勝手に出来たのも政治情勢の影響があったからだ。


 80年代には学生運動が衰退した代わりに怪しい宗教活動が活発になる。

 その意味で筑波大学は最先端だったが、全国の大学で統一教会の「原理研」が跋扈した。おかげで宗教系のサークルは勧誘のポスターに「原理研・統一教会とは関係がありません」と断り書きするほどだった。

 この当時は統一教会と密接な中曾根首相だったことも影響している。この人に比べれば安倍首相は祖父の岸首相から引き継いだだけだから熱心さでは劣る。



 80年代は、テレビでも店内でも松田聖子の歌が聴こえていた時代だった。

 松田聖子の大ヒット曲の数々は80年代の象徴だった。この一方、大学では原理研が活発だった。

 そして、長生きした中曾根元首相は老衰で死去したあと、松田聖子が元夫と一緒に愛娘の位牌と遺骨を持って記者会見し、この翌年には統一教会に家庭崩壊の恨みを持つ元自衛官の男が安倍元首相を殺すという事件が起きた。

 こうして80年代は後味が悪い結末となったのだった。

 
 
 
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