- 井上靜

- 2024年1月21日
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元旦早々の震災でトイレ不足が問題になっている。
この、被災地でのトイレ不足は、30年前の阪神淡路大震災と同じであるから、対策を講じられない我々日本人は学習能力が不足しているという指摘がある。
そうだろうか。
トイレ不足で困るのはド根性が無い。
そう言ったのは、うちの近所の爺さんである。災害のような緊急事態の時に用を足したいなんて、だらしないそうだ。そんな時には一週間くらい大便も小便も出すのを我慢して当たり前である、とのこと。
この噓くさい話を信じている日本人が結構いるから排泄の対策がなされないのではないか。実際に、刑務所や学校では、精神論で我慢を強いられる。

生理用品の問題と同じだ。
これも災害のさい困ったことになっているが、かつて戦争中は、非常時なのだから要らないことにされた。
これについて井上ひさし氏が言っていた。彼の母親は、女性が困っているので闇屋から材料を仕入れて作り販売し、そうしたら大いに売れて商売大繫盛だったそうだ。儲かったけれど、それ以前の問題として、非常時であろうと無かろうと、敵が攻めて来ようと来まいと、月一のものは必ず来る、と言ったそうだ。
こちらの問題は、女性蔑視のためだろう。
あとは「鶏と卵とどちらが先か」の問題だ。
本気で我慢できるなんていう荒唐無稽な話を信じているから対策しないようになってしまったのか、怠慢か無能で対策できないことを誤魔化すため我慢するものだと言い出したのか。
さて、どちらだろうか。


