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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年6月10日
  • 読了時間: 2分

 日本を代表する自動車の会社が性能試験結果を偽造した。

 トヨタやホンダなどそうそうたるというより雁首揃えてという印象である。トヨタなど従業員を人間扱いせず大儲けしている実態には告発があって外国にも知られているが、こういうことがあっても自動車の性能には気を使っていたから外国で商品の評判は良かった。

 それなのに、どうしてしまったのかという感じである。


 自衛隊がこども食堂で勧誘した。

 貧困家庭のこどもに食事を提供する食堂があることからして大昔に終わったことでないといけないし、貧困家庭なんてあること自体が無様である。ところが、そこで自衛隊に入れば三食食べられると勧誘している。

 もともと自衛隊の勧誘は、大型免許が取得できるなど所謂スキルが身に付くので自衛隊を辞めたとしても潰しが効くというものだった。それが、ひもじい思いをしている子供にメシは食えるぞと言う。

 えげつない自衛隊の勧誘と批判する声もあるが、そんなことするほど日本が貧乏に落ちこんだということにこそ愕然としなければならない。



 主要な産業が堕落しているから貧乏になって当然だ。

 それを利用して自衛隊が勧誘していることは、アメリカで人種差別などが絡み貧困な人が軍隊に入るのより深刻だ。まったく国そのものが落ちぶれてしまったのだ。

 もちろん、もともと日本は実力以上に幸運だっただけではあるが、それにしても、だ。


 これは90年代に入ったころから危惧されていた。

 自民党政権の世襲ボンクラ息子たちは最悪だが、大企業にしても似たようなものだった。それで先行きが危ないと言われていた。

 この当然の帰結ということである。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年6月5日
  • 読了時間: 2分

 片岡鶴太郎が離婚したのは趣味に生きるためだった。

 もともと趣味に生きる男と言われていたくらい、芸能人の仕事の一方で趣味に力を入れ忙しくて時間が足りないと語っていた。最近はヨガだが、前はボクシングで、陶芸にも凝っていた。

 これも、子供が成人して独立したから、互いに好きなことをするため離婚ということだった。


 プーチン大統領も離婚したと発表した。

 子供が独立し、夫婦ともにそれぞれ仕事を持っているから全く一緒に過ごせず、仕事が大事だから離婚したという。

 これは趣味どころか大変な仕事をしている。プーチン大統領は世界的に最たるものだろう。



 子供がいないなら結婚する意味が無いと言う人もいる。

 これは杉田水脈の差別発言とは違う。あれは夫婦を繁殖工場としか見ないものだった。そうではなく、結婚してないと不都合が多いのは子供に関わることだから、子供がいないのなら結婚の意味が無いということだ。

 そして同性婚も含めて婚姻は、財産が絡むからであったり、養子をとるためであったりする。そういうことが無いとか、有れば面倒とか困難とかだと、結婚は法的にも意味が無く、むしろ有害であることすらある。


 そんな区別ができない杉田水脈の不見識はひどすぎる。

 なにも知らずに放言していて、少数者や弱者を見下して罵倒すれば意味があると信じていることが見て明らかだ。

 まえに、ここで、杉田水脈のような同級生がいた話題を出した。中学で一緒に課外活動などをしていて、これで仲良くなり同じ高校に行ったと思われた。あくまで偶然である。なのに、あんな女が良いなんて悪趣味だとコケにして言う人もいた。なぜなら彼女は、女子はもちろん男子も避けてしまうほど嫌われていたからだ。

 彼女の成績は良いほうで容姿端麗だったから、うちの母親など気に入って息子とお似合いだと言うほどだったが、とんでもない。高校で同じクラスで隣の席になったこともあったけれど、そこに座っているのが苦痛だった。これは自分だけでなく他の男子も同じで、最初は見てくれが良いから好意的だけど直ぐに避けられるようになっていたのだ。


 それに気づかない鈍い男が同級生にいた。

 それで彼女の話題を出して話しをしかけたところで遮った。そんな人がいたなあ、という程度の記憶しかないので解らないと言って。もう知ったことではない。国会議員にでもなっていたら社会に有害だけど、そうじゃないのだから。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年6月4日
  • 読了時間: 2分

 先日、七十二歳だという男性が女性二人と話しているのを傍で聴いていた。

 その男性は、これまで結婚を二回して、二度とも死別する残念な結果だったそうだ。それで寂しいから再々婚を考えたり勧められたりするという。

 そして、高齢者になってからの結婚はかなり簡単とのことだ。伴侶を失って寂しがっている高齢者は多く、そのうえ、歳が極端に離れていると遺産相続で他の家族と揉めたり、遺産目当てだけではないかと反対されたりするけれど、そういうことは高齢者と高齢者ならどちらも先が長くないから問題になりにくい。



 これに比べると、若い人たちのほうが先行きのことで障害が多い。

 しかも、ご時世のため不安である。これでは晩婚化と少子化が進むのも当たり前である。悪いのは自民党政権というしかない。

 他にあるか。無いだろう。


 そこで問題なのは、結婚して失う自由との均衡だという。

 高齢者になり自由になったけれど、年齢とは関係なく結婚で失う自由があるから、寂しさが紛らわされることと比較して、少しでも良いと思われることが多い方を選ぶべきである。

 そうだが、では、どう比較するのか。


 そこで重要になるのは今までの生き方だそうだ。

 男性で遊び人だった人なら、自由に生きていれば結構なことだけれど、仕事ばかりだったら、特に会社人間だった人は、そればかりになっていて視野が狭い。これに比べると女性の方が広い。専業主婦で家事と育児ばかりというのが極端だった人でなければ、少なくとも会社人間だった男性よりは色々なことを知っている。

 それが、自由を失う部分がそれなりにあっても寂しくない生活を出来る方を選ぶかの分かれ目になるとのことだ


 なるほどね、と思う会話だった。

 
 
 
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