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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年8月5日
  • 読了時間: 3分

 話題のマリーアントワネットが『ベルばら』では悲劇の人に描かれていた。

 『ベルばら』こと『ベルサイユのばら』は、長谷川一夫が関与して宝塚歌劇となり「タカラヅカの革命」とまで言われる最大のヒットとなったが、原作のマンガは『リボンの騎士』から影響されていて、これは手塚治虫が宝塚市の出身で宝塚歌劇をよく観に行っていたことから発案されたから、そのアニメ化でもミュージカル仕立てであった。

 この「悲劇の王妃」で革命は怖いと思う人がいるけど、もちろん歴史とは違う。


 『ベルばら』のマリーアントワネットは革命ではなく封建制の犠牲者だ。

 これはドラマをちゃんと見れば解る。女は跡継ぎより政略結婚ということで人身御供も同然で嫁がされた末のこと。だから跡継ぎとして男装させられている主人公オスカルと対になっているキャラなのだ。

 そして、最初は国王のところへ外国の王女が嫁に来たから華やかな感じで大衆は王妃万歳だったけれど、何も分らない王妃は社交ばかりで国の財政が悪化しても気づかず、生活苦の庶民には「パンがなければケーキを食べればいい」と言ったとか言わないとか、後の時代に作られた話とも言われるが、とにかく苦労知らずだから生活苦など理解できなかった。これで大衆はブチキレ革命が起きて殺される。

 まあ、『戦艦ポチョムキン』を見れば解るとおりロシア革命だってフランス革命と同様に「食い物の恨み」である。ブレヒトの『三文オペラ』で唄われる「♪清く正しく生きろったって、おまんまにありつけなきゃ聞く耳もたねえ。人の道より先ずメシだ」ということである。



 実際のマリーアントワネットは結構に政治的な役割を務めていた妃だったらしい。

 だから殺されたけれど、そこはメロドラマに仕立てるさい除かれるのが常である。『ベルばら』の作者である池田理代子さんは所謂リベラル派だったから作品でも封建制度批判が当然に込められている。

 それでもやはり少女マンガである以上はメロドラマに仕立てステロタイプにする必要もあったということだろう。


 あの当時の池田理代子さんは選挙で堂々と共産党の応援をするなどしていた。

 これは大学生の時に短期間だが学生運動をしていて、そのさい共産党と正式に提携している民青同だったからだが、特にどこかの政党を支持するということではなく、常に革新系の応援をしていたと公言していた。

 ただ、後に彼女が私生活のことでマスコミから変に騒がれたことがあったけれど、ここで彼女は本当に怒っていた。ある芸能記者が、芸能人など一部の有名人は話題づくりなどのため私生活を売っていると言ったら、これに対して彼女は、あくまでマンガを描いて売っているのであって私生活は売っていないし、宣伝のため話題づくりに私生活を利用したこともない、と猛反発だった。

 ところが真に受けた態度の人たちに革新系の人たちもいて悪く言うなどされたから、それで選挙の応援などをやめてしまったと言っていた。よくあることである。

 とにかく、歴史上の人物と存命中の人物とは違うということだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年8月1日
  • 読了時間: 2分

 官僚たちの夏。

 霞が関の官庁街では「暑くて仕事にならない」のに冷房の設定温度を下げられない。

 なるほど、それで先日、裁判所から電話があり、今やっている国賠訴訟で国側の調査が前に決めた予定に間に合わないから、今月末ではなく八月末にと言って来たのでずれ込むとのことだったのか。

 その日程から、いかにも夏休みは休みたい、みたいなずれ方だったが。ただ、暑いからグッタリとは皆が思っている。これは経済とかにも絶対に影響してそうだ。



 一方で甲子園球児の夏。

 本気で高校球児の体調に配慮するなら、ドーム球場を使うか、それが無理な地域はナイトゲームにすべきだと昔から言われていた。それとも犠牲者が出るまで改める気は無いのか。

 しかし、もともと酷暑の炎天下で「熱闘」する球児たちを、大人たちは冷房の効いた部屋にいてテレビで見物するのが夏の甲子園大会というもの。

 そんな学校スポーツに相応しくない見世物にされて健康被害を受けたくないなら、野球部なんか入らずバスケ部かサッカー部に。もともと野球は左右不均衡に身体を酷使して壊しやすい競技だから、やめた方がいいとスポーツ少年団の顧問のおじさんが言っていた。


 「東京砂漠」という歌があった。

 これは人情の喩えだが、そうではなく都会の砂漠化として温暖化が指摘されて久しい。樹木は内部で水の循環により周囲の気温を下げている。エアコンと同じ仕組みだ。だから木陰は直射日光を遮っているだけでなく涼しいのだ。

 それなのに木を容赦なく切ってしまい、それで「打ち水」などと戯けたことを言う都知事が、三選された。これは大企業の支援による圧倒的な組織票によるものだから、市民は抵抗が困難である。


 今のところは、どうしようもない状態である。

 なんとか生き延びて、その先の対策を考えるしかない。とりあえず、子供を野球部に入れるのやめたほうがいい。

 
 
 

 高市早苗議員が「戸籍上のファミリーネーム、家族一体とした氏は残したい」

 選択的夫婦別姓は、夫婦同姓も選べる。なぜ戸籍の「氏」が同じであることを強要するのか。これに高市氏は合理的な説明ができていない。

 ただ「家制度」に固執しているだけではないか。

 共産党の機関紙の社会部長その他、立場は異なる色々な人たちが、同様の指摘をしていた。



 ところで、かつて「文明としてのイエ社会」という本がベストセラーだった。

 これは村上泰亨・公文俊平・佐藤誠三郎の共著で、1979年に中央公論社から出た。著者らは経団連の御用聞きで、中曽根ブレーン。続けて80年代に入ると、統一協会の支援を受けた中曾根内閣が成立する。

 この本は、日本の保守イデオローグにとりバイブルも同然である。統一協会の価値観とも合致している。その主旨とは、日本が非欧米唯一の先進国となれたのは日本独特の家社会の為とするもの。この呪縛が今もある。


 なんてことない、マックスウェーバのパロディである。

 『職業としての政治』『プロテスタンティズムの精神と資本主義の精神』といった政治学・社会学の古典を真似て、資本主義を進歩させたのは金儲けを忌避する宗教的価値観という歴史の逆説と同じように、日本独特の封建的な家制度が近代化を促進させたのだと正当化したわけ。

 こういう、歴史の逆説というコジツケ屁理屈で正当化をしてきた保守イデオローグに拠っている自民党だから、いくら合理的な根拠を示して不合理や間違いを指摘したところで、自民党には「蛙の面に小便」も同然なのだ。


 ちなみに「蛙の面に小便」は本来「鮭の面に水」だが、自民党の面なら平気ということで、蛙に失礼な譬えを用いさせてもらった。

 
 
 
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