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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年2月23日
  • 読了時間: 3分

更新日:2025年3月16日

 学校で教師に呼び出される。

 というと不祥事のようだが、そうではなく教師が顧問をしている部活に入れと勧誘されたことが、高校のころにあった。

 このとき同じ姓の人が同じ組にいて、そいつが間違えて呼び出され、同じ組に同じ姓の男子がいないかと問われ、いると答えたら呼んでくれと頼まれたらしい。それで迷惑そうに伝言をされたのだった。そういう事情もあったから出向いた。

 

 その教師が顧問をしている音楽部に入れと言われた。

 なぜなら、聞くところによると部活をやってないそうだから、とのこと。確かに、その当時ある運動部を同級生たちと険悪になって退部していた。先輩は親切だったのだが、同級生たちには嫌な奴が多かったのだ。

 ただ、そういう生徒はいくらでもいた。その部でも喧嘩のため大量の退部者が出ていた。それなのになんで自分をわざわざ呼び出して勧誘するのか。それは音楽の成績が、その教師が担当している全校生徒の中でダントツで優秀だったからだ。もちろん普通科だったからで、これが音楽科とか音大付属とかだったら大したことない。

 

 この部には入学当初に気になっていた女子がいた。

 その時だったら入部したかもしれない。しかし既に他の女子に目移りしていた。だから断った。しょせん高校の部活なんてその程度のことである。

 その教師の水準から魅力が感じられなかったこともあった。このことは彼が卒業している音楽大学の名前を出せば納得する人が多いはずだ。この人の受験指導では東京藝術大学音楽学部には絶対に合格しないと保証を付けてもいい。

 



 別の運動部に同級生が入っていた。

 この生徒は、やはり顧問の教師から熱心に奨めらたというより強引に入部させられた。大学進学は絶対に推薦入学させると保証されてのことだった。

 しかし三年後、推薦入学を断った。大学に行ってまでやりたいと思わないし、そこまでの資質というか才能というかが自分には無いと判断したそうだ。こうして推薦入学を断ったため彼は二浪もする羽目になった。森もと首相のようにスポーツ推薦入学してサッサと退部してしまうような調子の良さが、その同級生には無かったのだ。

 

 あと、自分と険悪になった連中は、その後に大体が退部していた。

 それくらい雰囲気が悪かった。これは学年主任の教師も問題だったと言っていた。そいつらが出ていくまで様子を見ていてもよかったかもしれない。結論は急がない方がいい場合もある。

 この話に、高校に入ったばかりの女子が「なるほど」と言って感謝してくれた。彼女も部活の同級生たちに思うところがあったということだ。

 

 ということで、来年度に向けて参考になればということで述べた。

 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年1月17日
  • 読了時間: 3分

 高校生の時に後悔したことがある。

 なんで、ここの高校は建物が子汚いのかと思ったら、掃除の仕方が無茶苦茶だからだった。例えばどこの学校でも一学期に一度は床にワックスをかけるが、この高校では床の材質に合わない間違った種類のワックスを使用していて、しかもきちんと掃除せずワックスぶちまけるようにするから汚れや塵が染み込んでしまうし、艶出しの乾拭きもしない。

 これでは掃除するほど汚くなる。やる気がしなくなる。こんなバカなことしている高校は少なくとも地元にある他の学校には無いだろうし、全国的にも珍しいはずだ。小学校でも中学校でも、正しいやり方をしていた。



 これを担任教師に言ったら、なんと言われたか。

 「文句を言わずに、言われたことだけ言われたとおりにすればいいの」

 これは文句ではない。この学校だけが間違ったことをしているということだ。私立校なら勝手だが、公立校の建物は自治体の財産であるから、それを損ねることをしてはいけないはずだ。

 他の生徒が言うには、その担任教師の古文担当の中年の男は、前にいた学校が凄い山の中の田舎だから、今どきこんな建物があるものかという学校でワックスなんて想像を絶するという。だから、やり方が間違っていると言われても意味が解らないのだ。


 それも、そうかもしれない。

 しかし、言われたことだけ言われたとおりにしろというのは、間違っていても唯々諾々と従うものだという意味であり、他のことでも同じ発想で語っていた。

 「お言葉ですが、それでは奴隷がロボットになれということです」

 そう言った人がいるけれど、その教師は奴隷とかロボットとか言葉が悪いだけで、そうなれというのは全く正しいと、何かにつけて言っていた。

 そういう価値観の人は、そう珍しくはない。これで諦めたことを後悔している。


 それなら校長先生に意見を訊きに行くべきだった。

 そんな教育方針なのか。そんなのはこの学校だけでないか。そのため公的な財産を損なっても良いのか。間違ったことをして恥ずかしくないのか。

 この時の校長は、堅物っぽいけれど進歩的な言質もある人だった。だから話せば解る可能性があった。少なくとも担任教師のような無茶苦茶は言わなかっただろう。あの当時、ある教師が女子生徒に怒って小突いたら、彼女は泣き出して教室を出ていき、校長室に行って「校長先生、○○先生がぶった」と訴えて○○先生が慌てたことがあったけれど、これよりは高い水準の話になるはずだ。

 まったく話にならないなら、そこで諦めず他に話を聴いてもらうのは普通のことである。それなのに担任教師の酷い反応に驚いて暗鬱になってしまい諦めたのは間違っていた。これを大いに後悔している。

 だから、他のことでも、駄目なら他の人それも影響力のある人に話を聴いてもらう、という原則を忘れないようにしたい。


  

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年12月28日
  • 読了時間: 2分

更新日:2024年12月28日

 これは自分が小さい頃のこと。

 その当時、住んでいたのは東京都内の借家だった。周囲には芸術家や学者などいわゆる文化人が多く住んでいて、お邪魔してピアノを練習させてもらっていた。うちは貧しくて、ピアノを置ける家ではなかった。

 それで近所の家にあるピアノを借りて練習した。気安く使わせてくれた。うちの親の方が恐縮していた。


 その後、建売住宅を購入して引っ越した。

 これでピアノを置けるかというと、小さい家なので厳しかったが、工夫すれば置けなくもなかった。しかし収入からすると無理していたので、住宅ローンの支払いで精一杯だった。また、無理して購入したのだから、場所は当然ながら新興住宅地だった。ピアノを借りられる所など無かった。他のことでも何もなくて、子供の生育と教育にとって、とうてい良い環境ではなかった。

 それで、母親が「孟母三遷の教え」と言うけれど…と後悔を口にしていた。



 また、通勤も大変になった。

 もちろん務め先まで遠くなった。ラッシュアワーの満員電車は実にキツイと父親が言っていた。これで、引っ越して何か良いことがあっただろうか。

 せいぜい、一戸建ての持ち家という自己満足くらいだった。この、持ち家というのは信仰も同然で、それに何もかも奪われてしまうのだから危ない新興宗教団体と同じである。

 

 人口が減っているにしては住宅建設が盛んだ。

 ただ、固定資産税が異常に高くて、売るしかなくなった人の話を、よく聞く。だから本当は供給過剰で投げ売りも同然ではないかと疑っている。そこで子供のいる夫婦が買っているということではないか。

 しかし、持ち家が良いのは歳をとってからではないか。父方の祖母が、夫を亡くして子供が結婚してのち独り暮らしの気ままさが良くなって、独り用のアパートに住んでいたが、もっと良い建物に引っ越したいと思っても、なかなか貸してもらえない。金ならあると言っても歳よりだけだと貸したくないという家主が多いのは昔から変わってない。

 

 とにかく、信仰としての持ち家という呪縛からは逃れたほうが賢明である。

 

 

 
 
 
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