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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年10月12日
  • 読了時間: 2分

 辞書の編纂に関わる人が言って話題だった。

 飲食店で「ホット」と言えばコーヒーのことで、その意味で自分も言っていたが、飲み物で「ホット」と「アイス」があるのはコーヒーに限らないから、考えてみると奇妙である。

 そういう話題だった。


 コーヒーの他にも紅茶やココアやミルクも温かいのと冷たいのがある。

それは「ホット」と「アイス」を頭に付けて呼んでいる。ところが、なぜコーヒーのことになると、ただ「ホット」と「アイス」なのか。そんな言い方が嫌いだと言う人もいる。不正確だから、当然のこと。


 関西では「れーこー」という略称があった。

 これは次第に言われなくなって、いずれ「死語」となるだろうといわれている。しかし、まだ生きてはいるし、かつては関西の人が普通に言っていた。最初に言われたときは何のことかと首をかしげた思い出がある。その時は関西に行ったことが無かったからだ。

 この「冷やしたコーヒー」の「アイスコーヒー」は、冷やすために入れた氷が溶けて薄まるのを前提に濃くなるようにした豆を使う。だから「キリマンジャロ」とか「ブラジル」とかではない。



 対して温かいコーヒーなら何でもいいという意味で「ホット」と言う。

 そうなると「ブレンドコーヒー」の意味になる。これが、かつては喫茶店業界で通用していた用語である。

 しかしコーヒーと違って、紅茶やココアやミルクについて種類を言うことは、そんなに無い。紅茶なら「ダージリンティー」とか言うことはあるが、特に種類を指定するのでなければ「紅茶」としか言わないので、冷たいのを注文する場合だけ「アイスティー」と言うものだ、

 

 そういう事情がある。

 この、辞書を編纂している人は「辞書とは言葉の意味を説明するものであって、定義するものではない」と言っていた。これは例の西村博之という人が辞書の説明と異なるなら間違いとか嘘とかになると言い出したことを意識してのことだった。

 それは、コーヒーのことからも解る。


 それにしても、最近コーヒー豆の大幅値上げには困ったものである。

 

 


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年10月8日
  • 読了時間: 2分

 夏のような陽気から一転して雨と気温低下だった。

 これは予報されていたことだが、思った以上に寒いと感じて暖房を使う人たちが大勢いたらしい。一昨日まで暑くて冷房を使っていたのに。気温は低いというほどではなく、もしも冬にこのくらいの温度だと温かいと思うはずだ。これは雨の影響であり、特に気温が低くはないのに寒くて辛い気がする「梅雨冷」と同じことなのだろう。


 それで暖房は使わないが銭湯に行った。

 まだ湯船に浸かる季節ではない。しかし寒くはないけれど関節が刺激されたのと、少し前から気になっていた腕の痛みのためだった。これはマシンでトレーニングしてから始まった痛みだった。最初は捻っての炎症かと思い湿布薬を使ってみたが全く効果がなかった。また、動かさないと全く痛まず、また同じ部分を動かしても動かし方によって平気だったり痛かったり。

 そうなると、動きの一部がロックされたような状態で、薬では治らない。だから電気で解すことがある。それで、梅雨冷のような天候であることもあり銭湯に行き電気風呂に浸かることにした。



 銭湯も500円になっていた。

 去年までは四百円代だったが、物価上昇に比して高いのではないか。最近では銭湯も温泉やスパのような少しの贅沢と化しているらしい。

 それはともかく、電気風呂は効果があった。よく電気風呂は子供が喜んで入っているものだ。子供の身体は柔軟だから肩や腰が凝るなんてことはない。子供はビリビリが好きだ。あの、マンガやアニメの表現で、誰が最初に描いたのだろうか、ギザギザの中に骸骨が透けている感電の表現があるけれど、それを体感して面白がっている。

 もう銭湯が日常生活のものでなくなったことだけは間違いない。


 最近はガソリンの値段も問題になっている。

 冷暖房が贅沢な七十年代の石油危機のさい、便乗値上げなどあったけれど、もとはと言えば戦争が原因だった。そして今またアメリカが仕組んで中東に代わりロシアの対抗で混乱という次第だが、またマスメディアが本質を隠蔽している。同じことの繰り返しだ。

 それにしても銭湯まで細やかとはいえ贅沢になるとは予想できた人は少ないだろう。燃料代の高騰が原因だが、そうした価格は常に操作されている。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年9月5日
  • 読了時間: 2分

 大学の教室に設置されていた暖房機。

 それは触っても熱くないのに周囲はジワリと温まるものだった。これに比べると、温風が吹き出す暖房機は気持ち悪い。そう言う人たちがいて、自分もそうだ。

 それで、自転車通学していたから、冬は教室の暖房で足腰を温めていた。そこ訪ねて来た男がいた。どうせ授業に出ていなかった時のノートを見せて欲しいと言うことだろう。実際にそうだったが、そのさい「やっぱり、ここに居た」と言うので、それはどういう意味かと問うたら「冬になると暖房機の前に居るから」と、人をネコみたいに言った。



 こうした暖房機はドイツ製が売られている。

 かつて羽仁五郎は、自宅で暖房機を稼働させているのに温まらないので、来客が寒いと言うと「これはJunkerだよ」と言ったそうだ。ドイツ製の性能で寒いなんてことないはずだということだ。ハイデルベルク大学に留学してドイツ製品贔屓になったからだった。

 よく、羽仁五郎は、西洋の歴史から都合の良い話をつなげて面白く作るから、学術的には違うと指摘されることがあった。西洋かぶれも大概にしろということだが、ただ、そうした理想的な西洋と比較したうえで日本の社会問題を指摘する部分は常に正しかったと、彼のデタラメを批判する学者も認めていた。

 それがあって、いつもマスコミから談話を求められるので、彼は自分を学者というより評論家だと自認していたらしい。


 同じことは大橋巨泉のアメリカかぶれであった。

 よく大橋巨泉は、アメリカと比較して日本の社会問題を追及するが、アメリカを美化しすぎではないかという指摘があった。しかし、日本の社会にある問題については、常に的確であったから、マスコミで大活躍だったのだ。

 今年も「24時間テレビ」が放送されて、マンネリ化と感動ポルノ化が批判されていた。かつて初期ころは司会の大橋巨泉が、寄付のほとんどが小銭しかも一円玉が多く、庶民が助け合いの気持ちで寄付したのだけど、こういう福祉に関わることは政治の責任なのだと番組中に指摘と問題提起していたことは、今も語り草である。毎年のように言われる。


 こうして、また夏休みが終わる。

 そしてしばらくすると、また暖房機を稼働させることになるが、去年のことだが壊れてしまい、暖房するとしたらエアコンを使うことになる。この機会にドイツ製を買おうかと考えている。



 
 
 
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