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​炬火 Die Fackel 

更新日:2025年4月9日

 北原みのりが、伊藤詩織の映画を擁護する人たちは、加害者の男が安倍政権と密接な関係であるから政権批判に結びつけたがる左翼だ、と決めつけていた。

 これは奇妙である。逮捕状を握りつぶしたことは法治国家にあるまじきことで、特に左翼として問題にすることではない。

 この北原みのり式ネトウヨ的な発想が、伊藤詩織バッシングの総ての根幹にある。そう考えれば叩いている連中について実によく納得できる。



 また、北原みのりが共感する弁護士の発言にも驚愕させられる。

 その弁護士の発言とは「恩を仇で返してはいけない」であった。弁護士と依頼者は契約関係である。法的な問題があれば個人的に指摘などするべきものだし、それをはみ出してはならない。「法は道徳に踏み込まず」の大原則があるからだ。

 だから、その元代理人たちの言動には、他の弁護士たちからも批判が出ている。


 その元伊藤代理人の弁護士の資質は前から問題だった。

 これについては、ここを訪問して閲読している人たち、および前に書いていたblogの司法問題を閲読していた人たちなら、既に知っていることだ。もう随分と前に、伊藤詩織さんは、こんな弁護士を雇って大丈夫なのか、と述べていた。

 また、小説家が権勢に媚びてイジメのような発言をして無知をさらけ出していることも滑稽だが、ジャーナリストを名乗る連中が知ったかぶりして「伊藤詩織は駄目だ。ジャーナリズムとは~」と偉そうに説いているのも滑稽である。 

 

 そういう実態を曝け出すようにしてくれたのも伊藤詩織の功績と言える。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年2月24日
  • 読了時間: 2分

 伊藤詩織さんが叩かれている。

 それは彼女の性暴力被害を訴えるドキュメンタリー映画がアカデミー賞の候補になるなど話題になったけれど、そこで要になる防犯カメラの録画の使用が禁忌だということだ。

 しかし自分の被害を訴える証拠である。これに対して加害者が何か文句があるというなら解かる。それによって悪いと非難されているのだから、言いたいことがあれば言う権利もあるだろう。

 しかし元代理人の弁護士が非難する資格はあるのか。法的に問題があるなら、当人に言って対処を求めるべきで、それを公言して騒ぐのはいかがなものか。これは弁護士にも指摘する人がいる。



 まして野次馬が騒ぐとは。

 これが、もともと加害者側の人たちなら、ここぞとばかりに騒いでむしろ当然のことだ。ところが、そうではなく被害者側だった人たちが便乗して叩いているから奇妙なものである。

 これは彼女が自分の期待した被害者像に合致しない不満から叩いているのだと言う人がいたけれど、その通りではないか。とくに、ただの気の毒な被害者であって欲しかったという人にとっては、被害者が能動的だと利用しにくい。だから気に入らない。

 

 手前味噌だが拙書『防衛医大…』(HP参照)のことでもあった。

 これに対して、医療過誤の問題に関心が強いとか詳しいと自認する人がケチをつける。とくに防衛医大は統一協会系の人に学内講演させていたという部分に。防衛医大を作った中心的な政治家である中曾根康弘首相が自民党の中でも特に統一協会と密接だったことは有名である。あの合同結婚式に祝電を公然と送ったくらいだから。

 この話は防衛医大の設立について語ると当然に出てくることである。そのうえで、そんな所だから良い印象は無かったが、地元には他に大学病院など大きな病院が無かったので仕方なく受診する住民もいたということである。これは他の地域でも、地元で唯一の大きな病院であると、必ず問題になることである。


 それでも気に入らない人はケチをつける。

 そのうち、ある医療過誤被害者団体で中心的な女性は、この人が統一協会の信者ではないかと疑うむきもあったけれど、とにかく何の具体性もなく、ただ自分が気に入らないから削除して出版しなおせと言った。そんなことを言うから、おそらく信者だから言っているのだと疑われるのだが、そうでないとしたら、彼女は自分を偉い人だと信じていて、そんな態度なのだろう。

 とにかく、自分の被害を訴えると「偉い」人たちからバッシングされるのが現実である。


 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年1月20日
  • 読了時間: 2分

 アメリカの映画監督ヤノット=シュワルツが死去。

 この人がよく知られるようになったのは『ジョーズ2』からだった。公開当時のプログラムによると、シュワルツ監督は『ジョーズ』なんてメガヒット作の続編の監督を依頼されて、信じられなかったそうだ。それくらい彼は苦労人だった。



 彼は結構な数の映画を監督していた。 

 その中には結構有名な作品もあった。しかし、だいたい彼が本当にやりたい作品とは言えなかったようだ。『燃える昆虫軍団』のようなキワモノのホラー映画もあって、こういう映画が好きな人たちの間では評価されていた。

 しかし、シュワルツが尊敬していたのは、ワイラー、キャプラ、カザン、フォード、などの巨匠たちであった。そうした巨匠たちのような格調高い作風の映画を撮ることができなかったのだ。


 『ジョーズ2』は一応の成功を納めた。

 もちろん。大ヒットした前作には及ばない出来というのが一般的な評価であった。しかし、これは仕方ない。それでもなんとか監督は仕上げたから、それなりに成功した。

 このおかげで、シュワルツは前より発言力を持つことが出来たという。


 『スーパーガール』なんてのもあった。

 これは『スーパーマン』から派生した「スピンオフ作品」だから、続編と同じで話題になることは確実でも、前の作品と比較されて「二匹目のドジョウ」と扱下ろされることも同じであること確実だったから、やりたがる監督は中々いなかったはずだ。

 それで『ジョーズ2』を撮ったシュワルツ監督なら、ということで依頼したのだろう。そう製作者が言っていたり企画書に記述したりの場面が目に浮かぶようだ。


 何か仕事をするさい、こういうことが常にある。それについて解かり易いヤノット=シュワルツ監督であったが、ついに亡くなったということだ。

 
 
 
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