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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年3月1日
  • 読了時間: 3分

 『ベルサイユのばら』が、また話題だ。



 これで改めて原作の漫画を読んだ人が、主人公のオスカルは六人姉妹の末っ子だから姉が五人もいることに気づいたという。つまり、女の子ばかりで跡取り息子がいないから、苦肉の策で末娘を男だということにしてしまったわけだ。それで軍隊に入り指揮官にもなる。

 ところが、六人目は男の子だったのが大騒ぎになった。


 それは韓国でのこと。

 九十年代だったか。子供が六人で、親の所得が少ないから「貧乏の子だくさん」だった。それで五人の女の子たちが服毒自殺を図った。殺鼠剤か何かを使ったが死なず、未遂に終わった。これがマスコミに取り上げられると、韓国中から同情のお金が送られてきた。しかし母親は憐れまれるのを嫌がり、貧乏をひけめに感じないよう子供たちには強く言い聞かせていると言って反発していた。

 しかし、どうして貧乏なのに六人も子供を作ったのかと疑問を呈された。


 女の子が五人のあと六番目は男の子だった。

 その父親は、女の子ばかり生まれるので、男の子が生まれるまで何人でも子供を作ろうと思った、と言っていた。それでやっと男の子が生まれ、両親は大喜びで息子ばかり可愛がるから、その姉たちは、一番目と二番目の姉が相談して、妹たちに皆で死のうと言った。両親にとって意味があるのは弟だけで、自分たちは邪魔だから。

 このことが判ると、また大問題になった。韓国社会に根強い男尊女卑が悲劇の原因だった、ということで。


 『ベルばら』は封建制度批判だった。

 それで革命がおきて身分制度などなくなり、そのきっかけになったバスチュー牢獄襲撃事件にオスカルの指揮する部隊も手を貸して、窮地の牢獄側が指揮官を狙い撃ちしたのでオスカルは絶命するという最後であった。

 ところが革命があっても跡取り息子にこだわったのが中国だった。人口抑制のため「一人っ子政策」をとっていたら、女の子だと判ると妊娠中絶してしまう家庭があった。これで人口の男女比が不均衡になってしまった。跡取り息子ができても嫁の来手がないのでは困る。そして女の子のいる両親に、お宅の娘をうちの嫁にと札束を積み上げる。人民元に印刷されている毛沢東が生きていたら、どう思っただろうか。


 一人っ子政策は少子高齢化になるので中国は止めた。

 そして政府が、女の子に婿のほうが大勢の候補者から選べるから良いし、女の子の方が可愛いという趣旨の広報をしていた。だからディズニーの『ムーラン』の実写版に、中国政府は強力したのだろうか。ムーランもオスカルのように男装して軍隊に入るが。

 それはともかく、今時の日本では、跡取り息子にこだわるのはあの「やんごとなき」家くらいではないか。そして深刻なのは少子化と人手不足だろう。あのイーロンマスクも指摘していた。

 
 
 

更新日:2025年4月9日

 北原みのりが、伊藤詩織の映画を擁護する人たちは、加害者の男が安倍政権と密接な関係であるから政権批判に結びつけたがる左翼だ、と決めつけていた。

 これは奇妙である。逮捕状を握りつぶしたことは法治国家にあるまじきことで、特に左翼として問題にすることではない。

 この北原みのり式ネトウヨ的な発想が、伊藤詩織バッシングの総ての根幹にある。そう考えれば叩いている連中について実によく納得できる。



 また、北原みのりが共感する弁護士の発言にも驚愕させられる。

 その弁護士の発言とは「恩を仇で返してはいけない」であった。弁護士と依頼者は契約関係である。法的な問題があれば個人的に指摘などするべきものだし、それをはみ出してはならない。「法は道徳に踏み込まず」の大原則があるからだ。

 だから、その元代理人たちの言動には、他の弁護士たちからも批判が出ている。


 その元伊藤代理人の弁護士の資質は前から問題だった。

 これについては、ここを訪問して閲読している人たち、および前に書いていたblogの司法問題を閲読していた人たちなら、既に知っていることだ。もう随分と前に、伊藤詩織さんは、こんな弁護士を雇って大丈夫なのか、と述べていた。

 また、小説家が権勢に媚びてイジメのような発言をして無知をさらけ出していることも滑稽だが、ジャーナリストを名乗る連中が知ったかぶりして「伊藤詩織は駄目だ。ジャーナリズムとは~」と偉そうに説いているのも滑稽である。 

 

 そういう実態を曝け出すようにしてくれたのも伊藤詩織の功績と言える。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年2月24日
  • 読了時間: 2分

 伊藤詩織さんが叩かれている。

 それは彼女の性暴力被害を訴えるドキュメンタリー映画がアカデミー賞の候補になるなど話題になったけれど、そこで要になる防犯カメラの録画の使用が禁忌だということだ。

 しかし自分の被害を訴える証拠である。これに対して加害者が何か文句があるというなら解かる。それによって悪いと非難されているのだから、言いたいことがあれば言う権利もあるだろう。

 しかし元代理人の弁護士が非難する資格はあるのか。法的に問題があるなら、当人に言って対処を求めるべきで、それを公言して騒ぐのはいかがなものか。これは弁護士にも指摘する人がいる。



 まして野次馬が騒ぐとは。

 これが、もともと加害者側の人たちなら、ここぞとばかりに騒いでむしろ当然のことだ。ところが、そうではなく被害者側だった人たちが便乗して叩いているから奇妙なものである。

 これは彼女が自分の期待した被害者像に合致しない不満から叩いているのだと言う人がいたけれど、その通りではないか。とくに、ただの気の毒な被害者であって欲しかったという人にとっては、被害者が能動的だと利用しにくい。だから気に入らない。

 

 手前味噌だが拙書『防衛医大…』(HP参照)のことでもあった。

 これに対して、医療過誤の問題に関心が強いとか詳しいと自認する人がケチをつける。とくに防衛医大は統一協会系の人に学内講演させていたという部分に。防衛医大を作った中心的な政治家である中曾根康弘首相が自民党の中でも特に統一協会と密接だったことは有名である。あの合同結婚式に祝電を公然と送ったくらいだから。

 この話は防衛医大の設立について語ると当然に出てくることである。そのうえで、そんな所だから良い印象は無かったが、地元には他に大学病院など大きな病院が無かったので仕方なく受診する住民もいたということである。これは他の地域でも、地元で唯一の大きな病院であると、必ず問題になることである。


 それでも気に入らない人はケチをつける。

 そのうち、ある医療過誤被害者団体で中心的な女性は、この人が統一協会の信者ではないかと疑うむきもあったけれど、とにかく何の具体性もなく、ただ自分が気に入らないから削除して出版しなおせと言った。そんなことを言うから、おそらく信者だから言っているのだと疑われるのだが、そうでないとしたら、彼女は自分を偉い人だと信じていて、そんな態度なのだろう。

 とにかく、自分の被害を訴えると「偉い」人たちからバッシングされるのが現実である。


 

 
 
 
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