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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年5月28日
  • 読了時間: 2分

 友達が、小説を書いてはサイトに掲載することで発表している。

 しかし、そのサイトはblogのものなので、限界がある。読みやすいとは到底いえない。これについて、前に文学は縦書きという話題を取り上げたが、あと文学的な表記について問題がある。

 それで、小説投稿のサイトに掲載することを提案した。


 小説を発表するサイトがいくつかある。

 そのうち、これは便利というものである。特に作業のしやすさと、ルビといわれる振り仮名を付ける小さな文字やひらがなの中で他と混ざっている語句を明確にしたり強調したりする傍点が可能ということが有益である。特に小説の場合、振り仮名や傍点は重要であるからだ。

 そのうえ、横書きを縦書きに変換することも容易である。



 それで、手本にというか前に予告していたとおり自作を一つ掲載してみた。

 かつて紙製冊子の同人誌に発表した小説で、当時はデーターとして保存してなかったから、それをデーター化するのに手間がかかってしまった。

 このサイト掲載中にも記述しているが、縦書きが前提なので、できるだけ縦書きPDFでダウンロードして読んで欲しい。

 これにまつわる事情についても投稿の前書き後書きで述べている。


 小説の作法と投稿について参考にしてもらいたい。

 また、要望があれば更に投稿しようと思っている。

 サイトはこちら。https://ncode.syosetu.com/n1596jb/

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年4月12日
  • 読了時間: 2分

 かつて文芸同人誌に参加していたさい、ワープロで横書きする人がいた。

 しかし縦書きでないと文学らしくないとか議論になった。このことを思い出したのは、縦書き投稿サイトというのがあるからだ。

 これが何種類かあって、やはり小説や詩など文芸の投稿をするところである。


 目の動きから横書きの方が読みやすい。

 このため、事務的文書だと読みやすい。だから公的な文書では横書きに統一された。これは比較的最近のことで、90年代の末までは裁判所に出す書面などが縦書きだった。

 また、数字や横書きの外国語(横文字)を挿入するのにも便利だ。



 書道のように美術的な文字は縦書きでないと困る。

 なにより、日本語でつなげて書くことは縦書きになっている。英語の筆記体を縦書きしろと言っても無理であるのと同じで、日本語は縦書きでないとつながらない。

 そういうことではないのに、文芸は縦書きでないと、どうしても「らしく」ない。


 先の数字にしても、縦書きでは漢字にする。

 しかし数字を縦書きするさい「百」とは書かず「一〇〇」と書く。この場合、ワープロでも「〇」はアラビア数字ではなく漢字に分類されている。横書きの「100」とするのは、そうするしかない場合だけであり、そんなことは滅多にない。

 そうした作法が縦書きにあり、これを文芸の場合はもちろん、ノンフィクションなどの場合でも縦書きの書籍なら使用している。理科系の本では数式が入ることもあって日本語を横書きにしているが、なぜか「。」ではなく「.」で締めくくり、それをSNSでもやって「俺様は理系だぞ」と不可解なアピールをしている人たちがいる。


 とにかく文芸ということは文書の芸術である。

 だから小説や詩は縦書きでないと、小説らしくないし、詩らしくない。ところが横書きで平気な人もいる。読めればいいと思っているなら、書く人の勝手である。

 しかし、今度、自分で載せるとしたら、縦書きサイトにするつもりで、比較検討しているとこである。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年3月24日
  • 読了時間: 2分

 「貧乏が生んだ知恵」

 あの円谷英二は、特殊撮影(特撮)とは、それがそもそもだったと言っていた。そして今度アカデミー賞の特殊視覚効果の部門で、ゴジラの新作が日本映画として初めて受賞し、それもハリウッド映画に比して低予算で仕上げていたことも称賛されたが、そうなると元々ケチな日本の映画界では、工夫すれば良いと増々ケチにならないかと危惧もされた。


 そのうち、何でもCGで表現できるようになるかもしれない。

 そして、その進歩と普及により、金もかけなくてよくなる可能性がある。これは、どんなことでも同じだ。

 なら、自衛隊の描写も防衛省の協力が無用になる。かつて書いた脚本も映画化できるだろうか。怪獣映画を撮った監督に読んでもらったら「この話では自衛隊が悪役になっていて、

協力を拒絶されてしまうからと没にされる」と言われた話を。

 あれから何十年も経過し、オキシジェンデストロイヤーの構造が解明され、非核三原則や国際原子力機関の監視で難しい核兵器ではなくデストロイヤーを、芹沢博士個人の研究所でも作れたから自衛隊の設備なら大量生産できるぞと取り組む話は、そんなに自衛隊を悪者にしているのだろうか。

 もちろん、自衛隊の幹部たちが危ない発想を真面目に語っているという場面の連続ではあったけれど。



 話は変わるが、先日ここで、前に同人誌に発表した小説の話をした。

 そうしたら読みたいと言って来た人たちがいるので、ブログに転載しようとしたが、紙に印刷されたものだけで素のデータが無いのだ。そうなるとスキャンして変換する方法しかないけど、これは手間がかかるうえ読み取り間違いが多い。書き写した方が早いかも。どうやるにせよ暇を見て少しずつ作業している。

 それでは、ついでにシナリオ化しようか。低予算で映画化できるネタだからスポンサー探してもいい。製作費を集めるのか意外と簡単で、その管理がむしろ難しい、という話は、前にした通りである。

 
 
 
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