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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年9月30日
  • 読了時間: 2分

 「無言の帰宅」という表現がある。

 これはマスコミが乱用するので紋切型の表現というのが一般的な印象だと思ったら、ちょっと違うらしい。ある小説家が「無言の帰宅」を使ったら知らない人が文句を言ったそうだ。そんな言い回しをするより「死んだ」「遺体が自宅に運ばれた」と書くべきだ、と。

 もちろん、その表現を知らない人には意味不明に感じるだろう。それに合わせて書く必要があるかが問題である。



 「他界した」「鬼籍に入った」という表現もある。

 これも「死んだ」という意味である。これに対して使うべきではないと言う人は、意味を知らないからではなく、知っていてのことだ。どちらも死後の世界に行ったという意味である。これに対して、死後の世界なんて存在しないから、そんなオカルト信仰の表現を日常の真面目な話をしている時に使用するべきではない、という人がいて、これは知っているから文句も出るのだ。

 これは医師が「ご臨終です」と言うのとは訳が違う。


 文学的な表現は喩えである。

 これがどんなにわかりやすくても、事務的な文書には不向きである。また、文学的な表現をする文書でも、例えば小説では、その表現を知らない人が読んでもわかる書き方であるべきだ。それで理解が深まるというより、それが読んでいて楽しくなる素だからだ。

 もちろん、そういうのを排して、内容を淡々と伝える文学作品もある。持って回った表現など気取っていて好きじゃない人もいる。だから「無言の帰宅」なんて言い回しは嫌いだと言う人がいてもいい。知らない人がいてもいい。

 しょせんは文芸なのだから、

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年8月30日
  • 読了時間: 3分

更新日:2025年8月31日

 週刊新潮の連載コラムで、元産経新聞の記者が露骨な差別を書いた。

 ここで名指しされた一人の深沢潮さんらが抗議したところ、この連載は打ち切りとなったが、新潮社に本当の反省や改善の意思が見られなかったので深沢潮さんは新潮社との契約を解除することにした。

 新潮社は、前にも月刊誌が杉田水脈議員の差別発言を掲載し、厳しく指弾された。もともと売れ行きが悪かったから何でもいいという調子で差別まで利用したという事情もあり、この月刊誌は廃刊になった。



 前に灰谷健次郎さんも、週刊新潮が原因で新潮社から著作の版権を引き上げた。

 これに対して幻冬舎の見城徹社長が、面白くないなら版権を引き上げるだけにして何も言うなと言った。世間にむけて抗議の意思表示をするなというわけだ。これはモノカキ風情が出版社を批判するな、こっちが売ってやってるんだ、ということ。

 この人は、その後も津原泰己さんにも同じように罵声を浴びせた。これは幻冬舎の出版物についてのことだったが、その手抜き編集を指摘されて面白くなかった見城徹社長は、前に津原泰己さんの小説を出版してやったのに売れ行きがよくなかったなどと、無関係な話をしたのだ。売ってやってると威張っていたのだから、売れ行きが良くなかったのは出版社の責任なのに。


 これは出版業界の体質だ。

 芸能人が、ジャニーズ事務所やバーニングプロダクションや吉本興業に逆らえないのと同じで、著者は大手出版社に逆らうと仕事ができなくなる。それで泣き寝入りする人たちばかりだった。

 今は亡き大江健三郎さんが、文藝春秋社の右翼体質に不快感をもっているのに我慢してばかりでいることを、当時朝日新聞の記者だった本多勝一さんに批判されていたけれど、これについて今は亡き森村誠一さんが言っていた。森村さんは731部隊を告発した『悪魔の飽食』を『赤旗』に連載ののちカッパブックスとして単行本にしたら、光文社は右翼の嫌がらせに屈して著者に無断で絶版にしてしまったので、光文社と絶縁した。光文社のカッパブックスは推理小説で付き合いが長かったから残念だと言って。そして文藝春秋社についても、その『悪魔の飽食』に関して嫌なことをされて右翼体質を思い知った。

 ただ、多くの著者は、そうした出版社の体質に無関心で、どれだけ読者との橋渡し役をしてくれるかに関心がある。その点でいうと、文藝春秋社は著者から見て魅力的だとは言える。

 そういうことだった。


 社員の問題もある。

 森村さんは、文藝春秋社内に権力へ擦り寄る社員がいて、それは一部だが「グリシャムの法則」が働いていると指摘していた。これと同じことを広瀬隆さんも言っていた。

 広瀬さんには、雑誌のインタビューで御自宅を伺ったことがあった。これは前に述べたとおり。そのさい、原発のことで文藝春秋社の雑誌から嫌がらせみたいなことを書かれたけれど、前に文藝春秋社から単行本を出したことがあるので社員たちに会って知っているから、「こういうことするのはアイツだな」と判ると言う。


 あと、自分の経験からハッキリ言えることがある。

 やはり大きな出版社の方が絶対に「払いが良い」ことだけはたしか。それでみんな我慢しているのだろう。  

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年5月4日
  • 読了時間: 1分

 かつて札幌医科大学の和田心臓移植が問題になった。

 初の心臓移植という「快挙」だと騒がれたが、脳死判定が不適切なうえ、部分移植でいいのに全移植し、患者は死亡。まるで実績を作るための人体実験も同然で、和田教授は殺人で告発までされた。

 札幌医科大学は「札医大」と略されるが、医学界で「殺意大」と皮肉られているほど、その体質には批判が昔から強かった。それと防衛医大病院での事件も共通していた。問題の医師は卒業生でもある。詳しくは拙書『防衛医大…』を。


 和田心臓移植を批判して札幌医科大学を辞めたと言っていた医師がいた。

 しかし、彼は、もともと文学好きで、趣味が昂じてプロになってしまったし、そもそも医師に向いてないんだから『失楽園』書いているのがちょうどいい、と言われたものだったけれど、それと同様に、医者を辞めて小説書いていたほうがいい人は他にもいる。



 医師で小説を書いている人か医学で不見識を露呈させることがある。

 その一人が、自作が人気女優の主演でテレビドラマ化されたとはしゃいでいた。それは結構なことだが、だからと医学的不見識発言が消えるわけではない。

 これ以上の発言は控えて、小説に専念するべきである。

 
 
 
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