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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年2月6日
  • 読了時間: 3分

 これは、ある元地方議員のこと。

 この人は、何期か務めたあと落選し、そのさい泡沫候補に文句を言っていた。どうせ当選できないのだから票を横取りしないで欲しい、と。

 その泡沫候補者は、組織的な支援が無く一生懸命だった。それで、政策に共感した人たちが投票し、まるで当選には及ばないが、それなり得票数ではあった。この政策とは社民党に最も近かった。


 そして落選した現職は社民党に所属していた。

 だから、どうせ当選できないのだから、似通った政策を掲げて立候補されたら迷惑だということだった。しかし、それで票を取られて落選かというと明らかに違った。

 その社民党の議員は、もともと、支持者が減っていることを嘆いていた。高齢で死亡する人たちがいる一方で新しい支持者ができないのだ。これは政策が古くなったからでないことは、似通った政策を公約する泡沫候補が新人として立候補し、組織的な支援がないにしては新人なのに支持する人たちが結構いたことから判る。


 政策がブレるから有権者は安心して投票できない。

 それで支持者が減って、新しい支持者ができない。社民党の勢力は、一議会に一人か二人の議員である。それで、その議会も独りは辛いから他党派と三人で会派を結成していたが、いきなり齟齬が生じて議会で醜態をさらす羽目になっていた。

 そんな野合するからだと、共産党などの議員から嗤われていた。



 「♪一人より二人がいいさ、二人より三人がいい。1+2+サンバルカン~」

 という歌を、病気で心配されている歌手が歌っていた。先月、地震予知の話題で小林亜星の息子を取り上げたが、その元俳優が出ていた「スーパー戦隊シリーズ」の『太陽戦隊サンバルカン』のエンディング曲である。

 そのように、一人より二人がいい、二人より三人がいい、の、つもりだったのだろうが、結果は「パーパー戦隊の三馬鹿ん」だと揶揄されたものだった。


 この挙句に落選し、他の候補者に票を取られたと八つ当たりは見苦しい。

 例に出して悪いけど(知り合いでもあるから)こうして社民党のこととして見ると実に解かり易い。共産党に対して、どうせ当選できないから候補者を出すなとか、他の政党に迎合しろとか。

 そんなのがいかに非現実的で、有権者が納得しないか。


 あの菅野完氏が「政治の矮小化」と表現していた。

 テレビでニワカな政治好きになった人たちが、選挙の実際など何も解らずいい加減なことを言っているという話だ。

 それが影響しているのは確実だ。それで菅野氏は自他共に認める右派だがこの問題では共産党を擁護したのだろう。彼は筑紫哲也の番組のことを言っていたが、それ以上に久米宏や田原総一朗の番組の悪影響だろう。

 
 
 

更新日:2024年2月1日

 派閥の正当化は昔からあった。

 それは綺麗事の建前で、色々な考えや立場を許容しているとか政策を競い合うから活性化するとか、そのとおり実際になる根拠は無い口から出任せだった。

 そして現実は汚く醜いものであった。ただ特徴の違いがあるだけ。


 自民党なら今ちょうど問題の裏金である。

 それで派閥解消とか言い出した。これは昔から勢力争いと利権争いになって問題だったが、それを上記の正当化をマスコミに流させて誤魔化していた。まだ新聞は具体的な問題を論調の中で指摘していたが、テレビはインチキ評論家を出して口から出任せの放言をさせていた。

 特にテレビ朝日は酷いもので、お笑い芸人のタモリが、そのインチキ評論家の元読売新聞記者=塩田丸男を「塩田丸でダメ男」と漫画を捩って皮肉っていた。

 この丸でダメ男は自民党と違って共産党は派閥が無いから悪いとまで言っていた。


 共産党にも派閥があって、指摘されていた問題から解消したというのが事実。

 ただし共産党は自民党と違って裏金ということではなく、共産党には自民党と違い共産党の特徴があった。例えば党内で「所感派」と呼ばれる一派がいて、気に入らない党員を攻撃して追放させていた。

 小説家の井上光晴が日本共産党員だったが追われるように辞めたことは自ら公言していたが、これも所感派の攻撃によるものだった。党員が活動するなかで苦労したり悩んだりするのは当たり前なのに、それを小説の材料に使ったら、それを党組織への批判だと言われたのだった。

 



 そしてスターリン主義と非難された。

 しかし、そんな水準の話ではなく、徒党を組んで嫌がらせをするという学校の教室や部活の虐めと同じであった。それも派閥なんて駄目だとなった一因である。

 他にも、共産党が、分派は駄目とか、異論は内部で提案し他所で勝手にやるな、とか言って、文句があるなら出て行ってから好きにやれと言うのは、そんな連中は過激派になって暴力に走るものだから、居てもらっても迷惑、という現実があるからだった。


 象徴的なのは、あの連合赤軍である。

 今の松竹伸幸のように「こんな共産党では駄目だ」と言っていた連中が出て行き労働運動の支援などすると言ったものの仲間が出来ず、挙句に赤軍派の一派と野合するという最悪の手に出た。そして暴力沙汰で殺人事件まで起こしている。

 そうした過激派でなくても、藤岡信勝のように歴史修正主義者たちの仲間に入るが迷惑行為ばかりで、小林よしのりは逃げ出すし、西尾幹二は怒るし、という結果である。

 という次第で、これも共産党としては出て行ってもらって良かったわけだ。


 これだから、派閥があることは多様性というのは嘘であることが、自民党と共産党の両方を見れば判る。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年1月29日
  • 読了時間: 2分

 松竹伸幸が共産党を裁判に訴えるという。

 なにか事実と違うとか私生活とかの話を公言されて、名誉毀損やプライバシー侵害で訴訟というならあり得るが、党に復帰させろと言いたいらしい。職場を解雇されたなら生活の糧を奪われたとして訴訟は普通だが、政党は入らなくて困ることはない。入らない人の方が圧倒的に多い。

 なにをバカなこと言っているのか、ということになる。



 ところが松竹は、自分が正しいと訴えるそうだ。

 まあ彼がバカということも不可能ではない。あまりに非常識であるからだ。

 しかし、松竹は安保条約などの政策を自民党と同じように近づけるよう党の外で党と敵対的な右派勢力と提携する形で騒ぎ、それで除名されている。その除名を取り消せと裁判に訴えるとは非常識にも程がある。

 もしも裁判所が訴えを認めて復帰を命令する判決を出したなら、政党は政策と党の規則の解釈を国家権力から強制される結果になる。つまり松竹伸幸および支持者らは日本をファシズムにしたいということ。


 松竹は共産党の規則に違反してないと訴えるらしい。

 これが滑稽なうえ危険であることは言うまでもない。便乗して除名が不当だと騒いでいる人たちも含めて、その話はあくまでも独自に理屈をこねているだけ。自分が正しいと言うのは勝手だけど、その判断をしていいのは、あくまでも共産党である。法律など一般的な決まりではなく、共産党の内部だけのこと。そこに自ら好き好んで入ったのだ、という肝心なことを解ってないのは駄目だ。従いたくなければ出るのが当たり前。

 不当であると言って党の仲間に呼びかけるなら、やればいいけれど、裁判に訴えるのは筋違いである。政党の決めたことを司法権力によって覆そうとするのは政党の独立を否定する異常な行動である。

 

 つまり日本のファッショ化である。

 彼の主張が認められたら、どの政党でも、その政策や規則の解釈について、勝手なことをする党員の追放を裁判で取り消させて、すべての政党を権力が一律に操作することができるようになってしまう。

 そうしたい勢力と結託しているか操られているか、の松竹伸幸である。実際に彼は動画サイトでも言っている。共産党は平和運動を気にかけていて、圧力を受けているようなもので、そういうことを共産党にやめさせたい、と。

 これは共産党だけの問題では済まないだろう。

 
 
 
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