top of page

​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年2月15日
  • 読了時間: 2分

更新日:2024年2月16日

 世田谷区長が生活保護世帯へ大学の学費を補助すると発表した。

 これは年額50万円の給付で「制度の隙間を埋める」と言う。大変な決断であるが、これまで実施されてなかったことの方が問題というか意外というかのことである。

 しかし、よく考えたら不思議なことではない。



 もともと生活保護世帯の大学進学は禁止であった。

 なぜなら、生活保護は必要最低限であるから義務教育だけというわけだ。その後、高校進学率が九割を超えたので容認されたが、あくまで容認である。だから大学は駄目。どうしても行きたければ「世帯分離」という奇策しかなかったのだ。

 それで昔は通用していた。


 しかし学歴社会が成立して事情は変わった。

 こうなると、学歴と収入は連動する。だから進学に血眼となってマスコミが「受験戦争」と呼ぶ事態となり、家庭教師や受験予備校といった「受験産業」が成長し、受験で失敗すれば競争社会からの落伍を意味し人生の失敗者となるから、それが原因で早くも十代で将来を悲観して自殺する者まで出るようになった。

 ここで貧困家庭だから義務教育だけだとなれば貧困の再生産となる。ところが、そうしたことへ配慮する政策が無かった。


 それは、大学を勉強するところだと思ってない人が少なくないからだ。

 もちろん、昔は地主階級の息子が東京大学をはじめとした帝国大学に行き、学問を生かすのではなくハク付けでしかなかった、なんてことがあったし、その後も富裕層は坊ちゃん嬢ちゃん学校と呼ばれる私立大学に子女を入れていたから、その名残のようなものがある。

 しかし、田舎に行けば行くほど、大学は勉強するところではなく、経済的余裕がある家庭の者が、まだ働かなくていいということで行くものだという発想が生きている。しかも根強いから、なかなか消えない。

 だから、生活保護世帯の大学進学なんて生意気だと言う人たちがいるのだ。


 それで保坂区長の政策は画期的なのだ。

 これは保坂区長が田舎の保守爺婆とは相いれない政治家であることが大きい。実際に自民党の二世三世議員たちは、大学まで出ていても勉強はさっぱりやってない。勉強する気が全然なくても進学するのは普通のことである家庭の出だというだけのこと。企業だって、富裕でない家庭の出身者が会社訪問したら、いくら一流大学を出ていても駄目だと拒絶することが横行していた。

 そんなことでは国が衰退する。だから、このままでは不味いと気付く人たちが増え、それを受けての世田谷区長の決断だろう。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年2月14日
  • 読了時間: 3分

更新日:2024年2月20日

 吉原展が議論を醸している。

 吉原といえば、かつて勤めていた会社で、上野浅草地域と呼ばれる営業の範囲に仕事で行くことを指示されて、その用が済んだあと通りかかったのが唯一である。真昼なので閑散としていて、夜に賑わうのだろうと思わせる雰囲気であった。

 そのさい、いかにもボーイという服装をした蝶ネクタイの男が「営業ですか」と声をかけてきた。昼間に背広を着て鞄を持って街を歩いていれば、だいたい営業である。そしてボーイふうの男は「仕事が終わったら遊びに来てください」と広告付きのポケットティッシュを寄こした。

 会社に帰ってから、仕事の報告とともに、蝶ネクタイの男に声をかけられた話もした。上司は「だから代わりに行ってもらったのだ。自分で行ったら誘惑に負けそうだから」と言った。そういう誘惑に弱い人であると、他の社員から聞いた。


 今、物議なのは、吉原の産んだ文化のことである。

 それによって、吉原が貧しい出自の女性たちにとって性的な搾取や虐待の場となってきた歴史と、それが今も続いている実態を覆い隠したり美化したりしてはならない、という話である。

 これと似た話は神楽坂の芸者の世界にもある。だからかつて宇野宗助首相が、そこで今でいう援助交際していた事実について、当の芸者の告白を週刊誌が取り上げて、さらにスピルバーグ監督の映画でも知られるアメリカの有名な新聞『ワシントンポスト』が「ジャパニーズプライマルミニスターとゲイシャガールのセックススキャンダル」と報じて騒ぎになったのだ。

 国会の質問でも取り上げられて宇野首相は「プライベートなので」として、今でいう「答弁を差し控えさせていただく」ということだったが、その間じゅう恥ずかしそうにしていた。



 ところが、性搾取など当然だと擁護したのが三宅久之であった。

 この当時、芸者と旦那の関係は昔から当たり前のことであり、何も悪くないと公言していた。いくら自民党の御用評論家として権勢に媚びて弱いもの虐めが商売にしても酷すぎる。このDNAを受け継いでいるとウリにしている息子が、東京狛江市の市議会議員をしている三宅まこと議員である。


 また、女性ゆえの苦労を強いられている話に対し、男にも苦労はあると言う人がいる。

 だから大変なのは皆同じだと言って否定した気になっている。これは差別主義者の人たちが、よく使う論法である。他にも、経済格差などでも用いられる。

 この論法は朝日新聞が学歴で用いてきた。特に八十年代に入ると、その投書欄『声』に「私は家庭の貧困ゆえ進学できず就職に影響している」という投書が載ると次は必ず「私は一流大学を出たけれど就職に苦労している。だから、そんなことは関係ない」という投書が載る連続だった。だから「朝日新聞は、松本清張が悔しい思いをしたことなど知らない人ばかりになったのではないか」と言われた。

 そして、その後、朝日新聞は、そうした発想の寵児ともいうべき橋下徹を応援することになる。橋下徹は弁護士として風俗店の顧問か何かをしていたそうで、また米兵の皆さんも風俗店を利用しようと呼びかけて米国から批判された。


 こうした背景というか土壌というかがあって、今の吉原展の物議になったのだ。

 
 
 

更新日:2024年2月15日

 京都市長選挙で立憲党は自民党らと協力した。

 ここで辻元清美が、その候補とはトモダチだからと、まるで安倍晋三のようなこと言って応援し、彼女も変節したと言われた。

 まあ、彼女は社民党で福島瑞穂らと地道にやるのが嫌で出て行った人であるし、それで立憲党の要職に就くよう要請に与り悦んでもいたから、自分がエラくなったと思って満足なのだろう。




 結果は、共産党などの野党が推す候補に対して僅差で当選だった。

 ここで立憲党も野党側に乗れば逆転もありえたと言われた。その前から、立憲党内で党に逆らい対立候補を応援した人たちもいた。

 この人たちは、辻元とは違って役職より信条や理念が大事という人たちだった。



 ここで立憲党の盲信者たちがオソマツな正当化。

 群馬では立憲党が他党と一緒に非自民の候補を推したのだし、中央政界と同じ図式を全国に持ち込むことはできず百パーセントの満足は不可能と言っている。

 では、僅差の京都はなぜ駄目だったのか。


 ここで内田樹など日和見主義の似非リベラルは論外だった。

 いまさら彼に呆れている人たちがいるけれど、そうした彼の態度は元々である。

 また、木下ちがや(ハンドルネームこたつねこ)のような反共主義の似非野党支持者は、京都では反共が強いので共産党に反感だと言っているが、これも具体的な分析が無いから意味が無い。

 そもそも共産党【も】推す【無所属】の候補者だった、という事実まで無視している。


 かつて大昔に京都で共産党の知事がいた。

 そして共産党も強かった。これは古都が大企業の乱開発にさらされて危機だったとき、共産党だけが大企業の横暴に抵抗したのだ。それで、古都を愛する保守的な京都府民が共産党を支持した。他の政党も大企業から古都を守ろうとすれば支持された。

 つまり京都で反共は古都を破壊する大企業の利益をはかる人たちである。それが京都の独特な事情であるから、ろくでもない事情なのだ。


 歌手はしだのりひこも言っていた。

 彼は関西出身である。京都で環境問題の運動に関与したら、請願を自民党はもちろん公明党も民主党までも受け付けず、話をきいてくれたのは共産党だけだった、と。

 こんな話もある。京都府議会では4年で1904件もの請願が府民から出されたが、それらの請願の紹介議員になったのは日本共産党だけだった。

 これが実態である。


 なのに、中途半端なトリビアを持ち出して立憲党を擁護する。

 まったく呆れた立憲党の盲信者たちである。よく恥ずかしくないものだ。

 
 
 
  • twitter

©2020 by 井上靜。Wix.com で作成されました。

bottom of page