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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年9月20日
  • 読了時間: 2分

更新日:2022年10月16日

 角川書店には辞書もある。

 中学から高校まで、角川の国語辞典、漢和辞典、古語辞典を買っていた。どれも値段が手頃なうえ装丁が洒落ていたからだが、中一の時に同じ組の男子に「辞書にとって大切なことは内容の充実と使いやすさだ。デザインで買うのはバカ。角川の辞書で良いのは見かけだけだ。お前は勉強の仕方を解ってない」と言われてしまった。

 そいつは勉強に凝るほうだったから成績も結構な良さだった。それに対してこちらはマアマアというところ。それでも、ろくに辞書を使わず成績が悪い人たちから見ると、真面目にやっていて成績が良いほうだということになる。だが、とくに成績の良い人からすると追求が半端に見えるようだった。



 たしかに角川書店の辞書は使いにくかった。

 そのため、よく考えると勉強に悪影響していたと思う。値段が手頃なうえデザインが良いけれど、そればっかりで中身が伴っていない、というのは角川書店が商業主義である証の一つかもしれない。

 また、辞書は受験なら旺文社で、実用なら三省堂だと思う。使っていて実感する。


 最近、英和辞典を買った。

 受験から日常の実用までの、やや大型の紙の本だけど、今のものは実に良くできている。検索とか機械の技術ではなく、こうした内容の進歩こそ重要だ。

 今の高校生が羨ましい。大学受験のとき、今の辞書があったら全然違った。この辞書を『ドラえもん』の「セワシくん」みたいにして高校生の自分に渡したい。

 あと、小型の国語辞典も買った。昔「ダットサン」と言われた民法の教科書があった。小型だが馬力があるという意味だ。そんな感じの小型辞典があったので。法学部教授をしている人が、商売柄、六法全書は毎年買い替えていると言っていた。しかし法律だけでなく国語も変わるものだから、時々は辞書も買い替えるべきである。

 もちろん、どちらも角川書店ではないものを。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年8月11日
  • 読了時間: 2分

 先日は、カルト宗教の問題は科学ではない、という話題だった。

 もともと宗教などは「鰯の頭も信心から」で良いのが原則だ。それを批判するほうがおかしい。そこで問題になるのは、対価が社会儀礼の範囲内であるか、範囲外でも支払いが納得してのことなのか、そうだとしても嘘で欺いていないか、の三点である。これに違反していたら詐欺になり、信教の自由ではない。なにか問題になる宗教は、絶対にどれかの違反をしているものだ。


 これはオウム真理教事件のさい在ったことだ。

 宗教の儀式で百万円単位の報酬というのを非難した人たちがいたけれど、信者が喜んで払うなら結構なことだ。外部から批判するほうが間違いである。

 ところが、この儀式には効能があって、これは京都大学の医学部で研究した結果だと言っていた。ところが、京都大学で研究したのではなく、京都大学の学生が学外で研究したということだった。嘘であったのだ。

 これを指摘されて焦ったオウム真理教は、指摘した弁護士を家族もろとも殺害した。




 一学生の話が真実という御粗末は統一協会のシンパ学者にもいた。

 それが、渡部昇一上智大学教授が週刊文春で発表した「神聖な義務」であった。これを人気SF『銀河英雄伝説』が皮肉ってパロディにしていた。

 この「劣悪遺伝子の排除で社会が発展」という「ナチズムの功績」とは、渡部教授がドイツ人の医学生から聴いたことであった。一学生が個人的に説いたことを感心して受け売りする大学教授とは、いったいどんな頭の構造なのか。この滑稽さが解らない渡部教授よりは、オウム真理教は偏差値が高かった。少なくとも嘘をついていたと指摘され焦ったのだから。


 こんな人を文芸春秋社は右派の論客として重用していた。

 だから、元社員の立花隆が批判していたが、その後、渡部教授が統一協会のシンパを堂々と隠さなくなってくるにつれて、文芸春秋社は関わりを避けるかのようになった。

 その前だとしても、ドイツ人医学生の与太話を受け売りしてナチスの功績などと説いた人を医療機関が呼んで講演させたのだから、防衛医科大学校の良識も疑われて当然ではないか。

 ところが、ある医療問題の団体の中心的な女性から非難された。そういう話にアレルギーということだ。拙書に書いてあるのが気に入らないから改訂して出版し直せと失礼なことを面と向かって言われた。この女性は大学教授だと聞いたが、もしかすると同じく統一協会のシンパだったのではないかと疑っている。 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年8月9日
  • 読了時間: 3分

更新日:2022年8月10日

 安倍元首相殺害事件がきっかけで話題のカルト宗教には、色々と悪いことがある。

 しかし、ここで勘違いしている人たちがいて、統一協会とかオウム真理教とかカルト宗教と呼ばれる団体が反社会的なのは、非科学的だから悪いとか言っている。

 これが間違いなのは、まず科学的というのは客観的のようでいて主観的であり、正しくないと指摘されたから悪であるとは言えない、という当たり前のことを踏まえていないからだ。


 これは拙書『防衛医大…』(hp参照)でも述べたことだが、かつて防衛医大を受診したのは、現役の防衛医大の学生に紹介されたからだった。

 この防衛医大生とは、スピリチュアリズム団体で知り合った。前にも述べたとおり母親がシャーリー-マクレーンのファンだったので、その種の団体に出入りしていた。それで、だった。そうしたら、医療被害に遭うという最悪の事態になる。


 防衛医大は、統一協会のシンパであり『世界日報』を愛読していると公言する渡部昇一上智大学教授を招いて学内講演させている。

 その前から筑波大学では、福田信之学長の専制支配的な運営のため、統一協会の巣窟となっていた。物理学者だったが研究より政治力の人で、それがカルト宗教にのめり込んでいた。もともと学界では「ヘアツ」と言われていた。エナジーではなくエネルギーというように、ハートではなくドイツ語でヘアツつまり心に問題があって人間性に難があるという意味で言われていたのだった。



 オウム真理教騒動のさい理科系の大学院まで行った人たちが信者なので驚く人たちがいた。

 けれど、決して不可解なことではなかった。その団体には、防衛医大生の他にも医科歯科大とか東大とか早大理工とか、偏差値の高い理科系の大学生が大勢いた。だいたい理科系ではない人たちは幻想を抱きがちだが、理科系の人たちは専門的に追究することで限界を知り、その先にある未知なものに憧憬を抱きがちなのだから、むしろ当たり前である。

 しかも、非科学的とされていたことが後に正しかったと判明し、科学的に正しいとされていたことがことの方が間違っていた、ということは過去にいくらでもある。そもそも、あくまで人間が認識することであり、社会的に認知されることだ。実は「科学的に正しい」の正体は「政治的に正しい」のことである、という既にある指摘の通りだ。


 これだけでも、カルト宗教は非科学的だから悪いと言うことはできない。

 ところが、有田芳生らカルト宗教の追及を売りにしている人たちには、この「アカデミックでオーソドックスな人たちこそ宗教に、それ以上にスピリチュアリズムやオカルティズムに傾倒しやすく、また傾倒していない人でも体質と発想が同じである」ということを理解できていない。

 だから象牙の塔の権威に弱く、公式見解とされるものを妄信する。オウム真理教騒動のさい映画監督でテレビドラマをよく撮っていた山際永三氏が「有田芳生とか江川紹子とかは虎の威を借りる狐だ」と言って批判していたけれど、この権勢に媚びる態度から当然にして、これ以外の問題でも常に権力にすりより、悪名高い御用学者と仲良くもする。


 こうして、カルト宗教の追及は大いにやればいいけれど、やっている人たちに共感はできない、ということになる。オウム事件のころから巷で言われていたとおりである。 

 
 
 
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