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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年2月28日
  • 読了時間: 2分

 話題のツイート、

 「私が学生の頃、日本史が苦手だった原因がこれ。自分の国なのに誇りを持てなかったから、テストの点数も世界史より悪かった。大人になってから自虐史観でない歴史を知って今は歴史が大好きになった。」

 に、ついて。



 百田尚樹は漢文なんて中国語だから学校で教えるなと言った。

 曽野綾子は連立方程式なんて無用だと言った。

 ついに日本史は自虐史観だから試験の点が悪かったので自分の頭が原因ではないと言う人が出たわけだ。

 勉強が苦手なのを科目のせいにするのは右派が相場である。


 そもそも、日本史が世界史より厄介である具体的な事情がある。

 日本史は高校から、古文書などの資料から考える必要が生じて、古文・漢文の知識も要るようなるなど、ただの丸暗記では通用しなくなるから面倒なのだ。

 それなのに世界史より日本史の成績が悪かったのは「自虐史観」のせいと言うのは滑稽な言い訳である。

 それに、近代史までは授業で取り上げない。明らかに、ただ彼女は勉強が苦手だった。


 逆の意味で社会科が気に入らない人もいる。

 最も受験に向いている「山川」の参考書は、それだけに文部省の意向に沿った反動的・反市民的な傾向なので、受験勉強が不愉快では成果に支障があるからと、文系だけど社会科ではなく数学1を選択した人もいる。自分がそうだった。

 数学1は、文系の社会科で科目が何だろうと代わりに使えるし、理数系でも使えるから、受験にとって実に便利である。


 ところで「自虐史観」なんて言葉は不可解という人がいる。

 ただ、これは特定のサークルとかセクトのサブカルチャー造語である。同様に「陰謀論者」「ニセ科学」「反ワクチン」などがある。「アカ」という思想はないし、「ヤソ」という宗教がない、というのと同じで、もちろん学術用語ではない。

 いずれも党派性に基づいた烙印押しレッテル貼り攻撃による内ウケで自己満足や自家撞着を誤魔化して優越感に浸る自慰行為の言葉だ。

 それを利用して成績が悪かったことを誤魔化すのだから、よほど勉強が苦手で嫌いだったのだろう。

 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2023年2月24日
  • 読了時間: 2分

 かつてビートたけしの老人いじめギャグがヒンシュクを買った。

 ところが、その当時すでに老人の年齢になっていた羽仁五郎は、たけしのギャグが挑発の形をとった問題提議であると述べた。老人は敬うべきとしながら負担だと思っている社会の現実があるから笑う人がいる。そう指摘していた。

 これに対して、成田という人の集団自決発言は笑いをとれていない。


 上野千鶴子センセイが色川大吉と入籍していたのも話題。

 「みんな平等に貧しくなろう」みたいなことを言いながら、タワマンに住んでセレブを気取り別荘も所有、自家用車BMWであったが、フェミニズムの立場から発言もして「みんなおひとりさまになろう」みたいなことも言いながら、実は結婚していたらしいと話題であった。

 これについて「徹底してビジネス左翼だった」と、ことさら呆れて見せる右派の人。



 典型的だったのは羽仁五郎であった。

 左派っぽい人が金を稼いで別荘の所有など贅沢していると、右派っぽい人から僻まれる。その走りが羽仁五郎である。タレント学者の先駆けでもあった。学術的ではなく面白いことを語るからマスコミが喜んで取り上げてお金を払うのだ。

 羽仁五郎も自身で「私は学者というより評論家」と言っていた。上野千鶴子も学者だと思うから反感も出るが評論家ということである。


 羽仁五郎が面白いのは、例えば大久保清の事件でのコメントだ。

 先のビートたけしが大久保清にふんしたテレビドラマがあったけれど、この事件について羽仁五郎は、そもそも車社会が問題だと意表を突いた指摘をした。必要以上に生産して売ろうとするから、自動車があればこんな楽しみがあるということになり、そこから女性をナンパしやすいと欲望に訴える。そして大久保清のようなことをする人が出たのだ。

 これを即興で語ってくれるから、マスコミとしてはコメントが充実する。だからマスコミから重用される。


 ところが、こういう芸当のできるタレント学者がいなくなった。

 それで成田悠輔センセイも、ヒンシュクを買っていいから変わったことを言う学者が欲しくてテレビは起用するのだろう。

 これと同様に夫の問題があった三浦瑠麗もテレビに復帰するらしいが、かつての宮沢りえみたいに「すったもんだがありました」とか言ってみればウケるかもしれない。


 ただ、羽仁五郎は特高警察から暴力をふるわれて重傷を負っている。

 そこが今時のタレント学者とは違う。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2022年11月10日
  • 読了時間: 2分

 大学院を出て博士号を取得したのちの「ポストドクター」(ポスドク)の話。

 この学位を取得しても食っていけない人たちがいるのは、昔から常識ではあるが、あまり話題にならない。なることがあるのは滑稽なことをする人がいる場合だ。

 例えば時々Twitterのアカウントで、自分の肩書に博士を付けている人がいる。そんな場でひけらかすなんて自己満足なのかコケ脅しなのか意図は不明だが、そんな可笑しなことする人がいるから、匿名のアカウントが本当か確認できない肩書や学位や受賞歴を掲載する冗談をやっているのだろう。本物で有ろうと無かろうと発信されている話の中身の程度は変わらないからだ。そして実名と肩書が本物である方が笑いものになる。

 また、学位の意義について勘違いしている人もいる。

 せっかく博士号を取得しても、専門知識を役に立てられないとか、いちおう専門家である大学の非常勤講師や博物館の職員などと、コンビニやファーストフードの店員など単純作業や肉体労働の時給と、ほとんど差が無いとか、そんなことを不当だと言っている。

 しかし、学歴が低いため就職で不利になることならあっても、学位のおかげで就職が有利になることは稀である。とくに博士号は乏しい。むしろ、博士号のために売れない或いは売れても食えない芸術家と同じことになるほうが多いくらいだろう。


 それが解らない人がいる。

 そして、博士号を持っているのに生活保護では、ひどい世の中になったものだと嘆く。しかし博士号とって食えない人に生活保護なんて素晴らしく人道的である。

 これがナチスだったら、インテリなんて生意気だからと殺す。『シンドラーのリスト』や『ソフィーの選択』などの映画に描かれていたとおり。

 かつて中国で毛沢東はインテリを敵視したけれど、これは当時の社会情勢から、知識階級とは特権階級の一種であったし、知識が封建時代のものであるとか外国かぶれであるとかの問題があったからだ。それで行き過ぎた迫害があったけれど、ナチスは違った。ナチスは学問を非常に重視し、それゆえ学がある者は場合によって脅威となるので、そうなりそうなら邪魔にした。


 つまり、脅威にならないインテリだから生活保護なのだ。

 せっかく博士号を取得しても無力なので権力から邪魔にもされない。これで就職や給料が良いわけがない。「大学院にまで行って博士号を取得したのに」と嘆く方がよほど不当なのだ。


 
 
 
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