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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年1月18日
  • 読了時間: 2分

 フジテレビが記者会見で馴れ合い。

 今、問題となっているフジテレビは、記者会見で記者会所属の記者だけにして他は締め出すという。会場の場が狭いからだという無茶苦茶な話で、それなら広い会場に変えるか抽選にでもするものだ。それを記者会所属だけというのは馴れ合いのためとしか言いようが無い。

 しょせんはフジサンケイということかもしれない。


 しかし馴れ合いということは他のメディアも同罪である。

 こんなことに対しては、出席できなかった人たちは猛抗議し、出席させてもらえる人たちも一緒に抗議するものだろう。そして妥協点が全くなければ皆でボイコットしてもいいはずだ。

 どうして、それをしないのか。それはマスメディアに勤務している人たちが特権階級意識だからだ。やはり、大手の会社に勤務しているからこそ特別に情報源に接することができると思っているのだ。


 つまり特権に酔いしれているのだ。

 そんなことで得られた情報に、大した意義はないはずなのだが、そこまでの問題意識は持っていまい。個人的に情報源に迫ったとでもいうならともかく、大手メディア企業に在籍しているから馴れ合いの中に参加できて話を聴くことができるというのでは、もはや取材したことにならないし、そんなことばかりしているのでは記者ではない。

 



 フジテレビよ恥を知れと言った人がいる。

 他のメディアも同罪だが、それにしてもフジテレビのやっていることは露骨である。かなり昔から言われてはいた。他のテレビも似たようなものだが、そこでもフジテレビの閉鎖性は他よりひどいということを。

 それに、テレビの報道など報道とは言えないと昔から指摘されてもいたが、その中でも特にフジテレビは、考えずに見ていても他と違って報道らしさが皆無だと言われていた。ただ、担当者にもよると言われていて、それはかつて自分でも取材を受けたさい個人差の大きさを直接に見ている。

 それが続いて、ついに綻びとか漏れとかの状態になり、いまさら慌てているのが、この状態ではないだろうか。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年12月22日
  • 読了時間: 2分

更新日:2024年12月22日

 先日、まだ生きていたのかと驚き呆れられたナベツネこと渡辺恒雄。

 この人は、東京大学を卒業して中央公論社の入社試験を受けたところ、百点満点の四科目で四百点だったそうだ。それで中央公論社の人たちは驚き、全科で満点なんて人に我が社の仕事では役不足だから他のもっと大手に行くべきだと言って丁寧に断ったそうだ。

 そして、後に読売新聞の社長になると中央公論社を買収した。

 


 こうして優秀さを発揮した渡辺恒雄。

 だが、ほんとうの優秀さだったかは話が別である。まず読売新聞の正月の社説で改憲を説かせ、新憲法草案まで発表した。

 これは慶応大学の小林節という法学者から評価されたが、この人は後に自民党に怒って態度が豹変した。これ以外では、法学と報道の両方から批判された。内容の御粗末さと、報道機関にふさわしくないということと。当たり前のことである。

 それ以上に、スポーツ新聞も同然の読売新聞では、まともに話題にならないと言われた。実際に最初一部で取り上げられたが、取り上げるのが間違いで、あんなもの批判もせず無視しておけば良かったというくらい、すぐに忘れ去られた。

 

 発行部数が世界一だと誇った渡辺恒雄。

 日本一の発行部数ということは世界一の発行部数である。しかし読者の支持ではなく、プロ野球などの宣伝と、強引で暴力的な訪問勧誘で、朝日新聞を抜いたというだけのこと。

 しかも、これを自慢したところ、外国のジャーナリストから「そんなの新聞じゃない」と言われた。人口比から発行部数が多すぎて、独自の報道や論調が不可能だ。もともと、これが日本の新聞の問題で、どの新聞も似たり寄ったりだから読んで面白くない。それなのに、強引に発行部数を増やし、そこには広告料金を高くとるための「押し紙」といわれる水増しと押し売りまで(どの大手新聞もやっているが)あるのだから、報道より金儲け、なおさら新聞らしくなくなるどころか、もはや新聞ではない。


 これでは本当の影響力があるわけない。

 そんなことも解らなかった渡辺恒雄。これでは優秀なようでいて無能というのが実質だ。こんな人なんかより、無名で地味な人々の細々とした努力の方が、はるかに社会に対して本当の意味での影響をしている。まったく無駄な虚しい努力をした渡辺恒雄ということで、一生を棒に振った無様な奴であった。

 「勘違いの男ここに眠る」と墓標に記すといい。 

 

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年12月21日
  • 読了時間: 3分

 困ったことになった。

 読売新聞の勧誘が来るたびに「ナベツネが居なくなったら、また取ってやるよ」と言って追い返してきたのに。



 「たかが選手」

 とプロ野球のオーナーとして放言したことでも知られる。もともと関心がなかったけれど、商売として関わるようになったら、それで話題になる言動をするようになったわけだ。

 それを言ったら、堤義明も同じだった。

 しかし、経営者として影響力があるから媚びる選手もいた。原辰徳とか、他のチームで打倒読売の執念を燃やした星野仙一とか。他のことでも、そういう人間性であることを示すことが多い人たちであった。


 共産党員だった。

 だから渡辺恒雄は、サンケイの水野成夫と同じだ。ヤクルトスワローズの前身の経営者だった元赤旗初代編集長。変節してプロ野球と新聞を利用して世論を右側に牽引した。

 こんな「大物」ではないが、同じことをした共産党員が除名されることは、その後もあった。それなのに「党の改革を訴えたから追放」と嘘を言う「リベラル」「反自民」の有田芳生や今井一といった連中。職業的にも年齢的にも知らないはずがない。彼らの正体が解るというものだ。童話でいう「化けた狸の尻尾が見える」だ。


 イーロンマスクも同じ。

 金とマスメディアで世論を捜査して政治を動かそうというもの。あの『市民ケーン』みたいに。ただし渡辺恒雄は記者あがりの経営者だから元は「チーママ」であった。それが大手マスコミを勝手にできると思い込んだ。そして何も出来なかった。

 それもそのはずで、読売新聞はやはりスポーツ新聞だから。外国の大学などでやっているメディア研究でも「日本最大の発行部数である読売新聞は娯楽性が強く程度の低い読者に受けている」と言われてきた。


 ところでナベツネという略称を嫌がっていたらしい。

 こういう略称にトヨエツは、言うのと違い書くのは同じ四文字だから字数制限と関係ないのに書かれていることがあると失笑していた。そういう問題ではなく、略称では失礼だと言うことだから、ナベツネはキムタクと同じということだ。

 とにかく、読売新聞の勧誘は、他のことを言って追い返そう。実はこれまで「ナベツネがいなくなったら」と言うと、勧誘の人は、よく「また言われた」と言っていたものだった。それくらい存在感があったわけだ。

 ♪存在感、大きな人ね、そういうの、私、好きよ~と中山美穂が唄ってヒットしていたけれど、なんで同じ時期に亡くなるのか。悲しまれ残念がられる人と、まだ生きてたのかと言われる人がいる。やはり渡辺恒雄の盟友だった中曾根康弘と同じで「憎まれっ子世に憚る」ということだろう。


 
 
 
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