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​炬火 Die Fackel 

更新日:2024年2月24日

 江川紹子は、オウム真理教がよく知られるようになったのは殺人事件を起こした時から、としていた。





 そのため、自分が追及してきたとウリにする新興宗教団体に対して誤った認識を持っていると批判されていた。

 オウム真理教がよく知られるようになったのは選挙に出たときからであるというのが一般的な認識のはずだ。教団の資金集めと絡んで揉め事や対立に発展し、そこで一部の信者が殺人事件を起こしたことは後になってから怪しまれ、その疑惑が次第に濃厚となることだった。

 それなのに何を言っているのだろうか。


 そもそもは、オウム真理教をマスコミが取り上げて宣伝したことが問題だった。

 この周知の事実が改めてSNSで指摘されたところ、これを江川紹子は否定して、オウム真理教は殺人事件を起こしてから知られるようになったと述べた。

 つまり江川紹子はマスコミの責任が問われたところ、それを時系列の誤りなど虚偽によってマスコミ擁護したということになる。


 これは江川紹子の商売優先姿勢としか考えられない。

 もともと江川紹子は、統一協会でもオウム真理教でもカルトと批判される新興宗教団体を追及するとしながら、その政治的な問題は避けるうえ警察の対応が批判されても徹底的に擁護していたし、マスコミの報道姿勢が問われても絶対に批判しないどころか逆に庇いだてし、要するに官憲が追及するところへ便乗して自分が正義の味方であると気どり、虎の威を借りる狐だと当時から言われていたが、そのとおり権勢に媚びて上から目線で優越感を剥き出し、マスコミから金をもらうと早速に高価な服装をしてテレビに出るなど露骨だったから、視聴者から嫌われていたものだ。


 オウム真理教はテレビ朝日が持ち上げていた。

 特に深夜放送番組『朝まで生テレビ』では幸福の科学をバッシングするさいオウム真理教を利用して教祖を出演させていた。この結果オウム真理教が知名度と好感度の上昇につながったことは当時から指摘され、坂本弁護士一家皆殺し事件のさいオウム真理教に味方して事件を招いたTBSとともにテレビ朝日の責任も問われていたのだ。


 他にもビートたけしがオウム真理教団の宣伝に貢献した。

 そのさい教祖と対談する写真も後に密接であった証拠として取り上げられた。単なる記念写真という様子には見えなかったからだ。

 ビートたけしの、一時は歌手をしていた娘の名は「しょうこ」と読む。これはオウム真理教の教祖の名を捩って付けたのではないかと憶測が出ていた。それくらい親密そうにしていたからだ。それでビートたけしに対しても批判があった。


 これらの事実を、まさか皆が忘れたと江川紹子は思っているのだろうか。

 それとも江川紹子が忘れてしまったのだろうか。上記のことなど元は江川紹子も言及していたはずだ。健忘症でなければ、またマスコミからお呼びがかかるのを期待しているのかもしれない。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年2月14日
  • 読了時間: 3分

更新日:2024年2月20日

 吉原展が議論を醸している。

 吉原といえば、かつて勤めていた会社で、上野浅草地域と呼ばれる営業の範囲に仕事で行くことを指示されて、その用が済んだあと通りかかったのが唯一である。真昼なので閑散としていて、夜に賑わうのだろうと思わせる雰囲気であった。

 そのさい、いかにもボーイという服装をした蝶ネクタイの男が「営業ですか」と声をかけてきた。昼間に背広を着て鞄を持って街を歩いていれば、だいたい営業である。そしてボーイふうの男は「仕事が終わったら遊びに来てください」と広告付きのポケットティッシュを寄こした。

 会社に帰ってから、仕事の報告とともに、蝶ネクタイの男に声をかけられた話もした。上司は「だから代わりに行ってもらったのだ。自分で行ったら誘惑に負けそうだから」と言った。そういう誘惑に弱い人であると、他の社員から聞いた。


 今、物議なのは、吉原の産んだ文化のことである。

 それによって、吉原が貧しい出自の女性たちにとって性的な搾取や虐待の場となってきた歴史と、それが今も続いている実態を覆い隠したり美化したりしてはならない、という話である。

 これと似た話は神楽坂の芸者の世界にもある。だからかつて宇野宗助首相が、そこで今でいう援助交際していた事実について、当の芸者の告白を週刊誌が取り上げて、さらにスピルバーグ監督の映画でも知られるアメリカの有名な新聞『ワシントンポスト』が「ジャパニーズプライマルミニスターとゲイシャガールのセックススキャンダル」と報じて騒ぎになったのだ。

 国会の質問でも取り上げられて宇野首相は「プライベートなので」として、今でいう「答弁を差し控えさせていただく」ということだったが、その間じゅう恥ずかしそうにしていた。



 ところが、性搾取など当然だと擁護したのが三宅久之であった。

 この当時、芸者と旦那の関係は昔から当たり前のことであり、何も悪くないと公言していた。いくら自民党の御用評論家として権勢に媚びて弱いもの虐めが商売にしても酷すぎる。このDNAを受け継いでいるとウリにしている息子が、東京狛江市の市議会議員をしている三宅まこと議員である。


 また、女性ゆえの苦労を強いられている話に対し、男にも苦労はあると言う人がいる。

 だから大変なのは皆同じだと言って否定した気になっている。これは差別主義者の人たちが、よく使う論法である。他にも、経済格差などでも用いられる。

 この論法は朝日新聞が学歴で用いてきた。特に八十年代に入ると、その投書欄『声』に「私は家庭の貧困ゆえ進学できず就職に影響している」という投書が載ると次は必ず「私は一流大学を出たけれど就職に苦労している。だから、そんなことは関係ない」という投書が載る連続だった。だから「朝日新聞は、松本清張が悔しい思いをしたことなど知らない人ばかりになったのではないか」と言われた。

 そして、その後、朝日新聞は、そうした発想の寵児ともいうべき橋下徹を応援することになる。橋下徹は弁護士として風俗店の顧問か何かをしていたそうで、また米兵の皆さんも風俗店を利用しようと呼びかけて米国から批判された。


 こうした背景というか土壌というかがあって、今の吉原展の物議になったのだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年2月12日
  • 読了時間: 2分

 松本人志の性暴力について西川のりお発言があった。

 これは前に取り上げたとおり。西川は松本と同じ芸能会社に所属している。けれど、世話になったとかいうのは論点を誤ることになる。

 という指摘をしたのだった。


 かつて西川は、ビートたけしと風俗店に行った話をしていた。

 ほんとうに数え切れないほどだったそうだ。かなり具体的な話であったが、それにも関わらず、ビートたけしは関心が無いような話をして、そんなことをする人は不道徳という意味の発言までしていた。だから空々しいと言われた。

 一方で、ビートたけしは芸能人というだけで寄って来る女性と性的行為をしており、この一つが原因で週刊誌に追いかけられて、怒って文句を言いに行ったら暴力沙汰になって逮捕された。このさい彼の弟子の生活についてどうしようかと悩み、困っているところで志村けんが救いの手をさしのべ多大な財政的支援をした。


 恩があるからビートたけしが志村けんの番組に出演していたのは有名な話である。

 志村けんは多数の女性と浮名を流していて、芸能人それもアイドルが何人も含まれていたのでビートたけしは悔しがっていたそうだ。ただし、志村けんはもともと女性にモテるうえ誠実だったから、別れても後腐れがなかった。これも有名な話。

 そうではなく、芸能人になってから、芸能人だからと寄って来る女性ばかり、ということだと、何か起きるものだ。


 武田鉄矢は歌手になったので、モテるようにもなると思ったそうだ。

 そのつもりで、それだけの女性だと思っていた最初の女性から結婚を迫られ、それも勝手に決められてしまい断れなかったと語っていた。これなら笑い話ですむ。

 しかし松本人志の場合、やはり人気が出たら寄ってきた女性たちがいて、その延長で、有名になるにつれて増長したはずだと指摘されている。よくあることだ。



 これは芸能人だけではないという証拠が広河隆一である。

 周知のとおり、フォトジャーナリストとして有名になったら、性暴力で告発された。その前から、インタビューしようとした女性の記者が、周囲の人に「あの人に女性は近づかないほうがいい」と注意されたという話があった。

 これについて彼は、自分は有名だから女性が身体を提供して当たり前だと思ったと言っていた。まるでロック歌手のスーパースターに群がるグルーピーのように。


 結局、そうなるのはモテなかったからだ。

 それで、有名になって俄かに女性が寄って来るようになったら勘違いする、という図式であろう。

 
 
 
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