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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年10月14日
  • 読了時間: 1分

 高裁判決言渡し。

 10月16日木曜日午前11時45分、霞が関、東京高裁、8階、825号法廷にて。


 警官の強制猥褻を所持品検査として裁判所が許可した(そんな許可は存在しない)と正当化した飛澤裁判官の不正を裁く訴訟。

 一審で飛澤知行と「クルージング」の大須賀寛之裁判官が訴えを握り潰したことに控訴していた事件。


 このとき裁判官忌避を申し立てた。

 しかし、裁判官忌避はほとんどが却下される。それで本件も例外ではなかった。この程度の不正は特別な関係でなくても裁判官にザラという趣旨だった。

 これでは「居直り」である。


 控訴審も同じだった。

 裁判官が裁判官の悪事を認めるわけにはいかないから、高裁でも強引に賠償請求を棄却するとし、やましいから判決の言渡しのさい傍聴人はいて欲しくない、といわけでこんな来にくい時間にしたそうだ。

 だから、来れる人がいたら来て裁判官を睨みつけるようにして欲しい。その後で昼飯ご一緒でもしましょう。


 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2025年9月24日
  • 読了時間: 3分

 岡口基一もと裁判官が雑誌に寄稿していた。

 そこで、裁判官の御粗末について述べていた。裁判所がいい加減だから、専門分野の違う裁判官が担当し、民事をやっていた裁判官が刑事をやってさっぱり解らないものだから、被告がどんな人であるかによって先入観を持ち、嫌疑の内容や証拠などは無関係に決めつけてしまうことがある、という。

 これは偏見が影響するどころの話ではなく、判断の放棄である。


 そもそも日本には「法の下の平等」が無い。

 「職業に貴賤は無い」という綺麗事があるけれど、現実には序列がある。そう指摘していたのは名作漫画『ナニワ金融道』の作者だが、お金の取引で、その現実は露骨に出てくるということだった。

 それでも、商取引の現実などやむを得ないものだから、まだ許せるところがある。


 ところが司法の場で堂々と言われている。

 よく、女性への性暴力で犯人が医学生だと司法が異様に甘いという実態が話題になるが、これが医療訴訟では露骨に医師および代理人の弁護士が口にしたり書面に記したりしている。

 そもそも医師の側から言うから、それを受けて雇われた弁護士も言うのだが、それにしても凄まじい実態である。


 誤って筋肉や神経を切ったことで手が動かなくなった場合の実例。

 それで楽器の演奏ができなくなって、音楽大学に入れなくなったとか退学せざるを得くなったとしたら。

 加害医師は言う。「どうせ大した才能じゃなかったんでしょう」と。そして他の医療機関の無関係の医師が言う「もしもモーツァルトみたいな才能ががあったとして、それをメスでチョンってわけだ。医者って凄いなあ。ウッヒャッヒャッヒャッ」と嘲り笑う。

 だから雇われた弁護士は裁判で堂々と主張する。「人生が狂ったとしても、しょせん芸人すなわち河原乞食になれなかった程度のこと。これは三味線を弾く芸者であろうと、クラシックのピアニストであろうと、同じことである。それに比べたら医師の社会的地位は高い。その程度のことで非難されるのは不当である」

 こういう実例を挙げていたらきりがない。



 社会的地位が高い者は、その地位に相応しい責任があるはずだ。

 ところが、この考えは日本では通用しない。社会的地位が高い者は、失敗しても、それを社会的地位が低い者から追及されてはならないのだ。  

 これを下層の庶民が積極的に受け容れている。だから追及する者を庶民が迫害する。偉い人に対して盾突くなんて生意気な奴だと言って。戦争に非協力的だと憲兵が弾圧しなくても庶民が非国民と言って迫害していたのが、今もずっと続いているのだ。


 
 
 

 拙書『防衛医大…』https://amzn.asia/d/iyi83a4に関連する話題が出ていることである。

 被告側の医師が、その弁解のなかで、自分は日本で唯一、それに関する論文を発表しているから、他の医師が知らないことを知っているという奇妙な自画自賛した。その論文の中身こそが問題になるが、それ以前の問題として、その医師はこの件について法廷で積極的ではなかった。病院の側に立つ弁護士が積極的に言っていただけで、それを法廷で言われても医師は口を濁していた。

 実は、その医師は論文を書いていなかったのだ。


 その医師は同じ医大の他の医師が書いた論文に連名していただけだった。

 そして、実際に書いた医師は、そのあと出世して、他のもっと格が上の医学部の教授となっていた。一方、被告の医師は格下の医大の講師止まりであった。

 それなのに「日本一」と弁護士から法廷で言われたのだから、医師としては口を濁して当たり前である。

 もともと理科系では、研究に直接の関与がない者まで論文に連名することが普通にある。これを、弁護士は文系なので知らなかったのだろうと言う人がいた。この人は大学院で理系であった。



 しかし関与してないのに連名するのは弁護士もやることだ。

 これは複数の弁護士が属している法律事務所が、よくやっている。実際には弁護士が一人で当たっているのに、同じ法律事務所の弁護士たちが訴状で連名する。要するにコケ脅しである。古くて手垢まみれの手法だから、今時やるとしたら相手が弁護士を雇っていない場合である。

 このようなコケ脅しを研究論文では用いないと思っているのだろうか。そこまで無知なのだろうか。いくら文系でも御粗末すぎる。


 もちろん弁護士には目論見があった。

 その中身を差し置いて、論文を発表したから「日本一」であると強弁し、だから間違いがないと滑稽なほど言い張り通した。他の専門医の鑑定や意見は無用だと必死で抵抗した。これで通用すると本気で思っていたかどうかは不明だが、こうするしか他に方法が思いつかなかったようだった。

 それでも「政治的配慮」を裁判所に求めてのことなら、あり得るやり方である。特に自衛隊関係の場合は。


 ここで深刻なのは医師の医学界での立場と面子である。

 なぜなら裁判とは別に、医師が恥を曝してしまうので。これは実際に、その医師が他の医師たちから言われていた。その医師の年齢やキャリアからして「日本一」なんてあり得ないし、仮に高い評価を受けている人でも「日本一」だから間違わないなんて、とんでもないこと。しかも連名した論文を持ち出しコケ脅しに利用するなんて、裁判官も文系だから騙せたとしても医学界では笑い者である。

 つまり弁護士は、訴訟の戦術しか考えておらず、その影響で自分の依頼者の側に居る者らがどうなろうと知ったことではないのだ。これは弁護士全般に言えることである。

 だから弁護士に依頼する場合、これも考慮しなければならない。むしろ料金のことより重要だ。

 

 

 
 
 
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