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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年5月27日
  • 読了時間: 1分

 外国人女性が警官から差別など迫害を受けたと訴えた。

 ところが、この訴えを裁判官は認めなかった。これに弁護人らが、裁判官には、警官は悪いことをしないという前提でバイアスのかかった見方をしていると批判した。

 これは誤りだ。


 もともと警官に裁判官は甘い。

 どんなに噓くさい話でも、証言や物証から嘘か間違いだと解っても、警官の言うことは鵜呑みにするものである。しかし、昔はともかく今は、そんなことしていたら恥をかくし、そこまで裁判官はバカじゃない。

 では、なんで裁判官は警察に依怙贔屓するのか。



 裁判官が警察に弱みを握られているからだ。

 それで脅されている。「パパ活」その他をしている裁判官は少なくない。これを弁護士も批判しにくい。商売に差し障るからでもあるが、自らも同じようにしていて後ろめたいのだ。

 そして、こういう情報について警察は強い。

 だから警察を裁けない。


 実際に、目撃することは何度もあった。

 それも警察に対して裁判官が「どうかご内密に」と卑屈に言っていたりするから深刻である。

 最近は、裁判官の堕落について、そんなことを言っていたら裁判なんかやってられないと頑張ってきた弁護士すら、最近は酷すぎると言っているほどである

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年5月26日
  • 読了時間: 2分

 横浜市の教育委員会が職員を動員して裁判所の傍聴席を占領した。

 これは不祥事があって訴訟になっているさい、隠蔽するため傍聴人が入れないように工作したということだ。同じようなことは他でも起きている。

 役所が裁判の傍聴を妨害することは、裁判の公開原則を踏みにじる行為である。



 これは地方紙の記者が気づいたそうだ。

 訴訟を傍聴しに行ったら、服装などから仕事中のような人たちばかり傍聴席にいるので、後を付けたら判ったということだった。勤務中の職員に不正な動員をかけたという点でも問題である。

 そうまでして隠蔽したかったのだろう。


 ところが、これを裁判所がやらかしたのが今追及している件である。

 しかも、記者すら入れないようにした。裁判所が組織的に行っているから、やることが悪質で徹底している。

 これをやらかした鈴木秀夫裁判官を庇って、強引に入ろうとしても駄目なほどだったという証明がないという荒唐無稽なことを言ったのが「ワースト判事」として知られる三角比呂裁判官で、それなら法廷の入り口を裁判所の職員たちに塞がせた飛澤智行裁判官の行為は、三角比呂裁判官の指摘したことに該当することが裁判所の動員記録から明らかだという訴訟を起こしたわけだ。


 この訴訟は、先に伝えたとおり。

 東京地方裁判所606号法廷にて、6月10日月曜日の午前11時から第一回口頭弁論である。

 ぜひ傍聴のうえ、裁判官に不公正があったら遠慮なく抗議の野次を。


 
 
 

 袴田事件の再審で明白な反証が出て確実なのに検察は死刑を求めた。

 あまりに異常な検察の対応に、怒りや嘆きの声が上がっている。こんな情けない国なのかということだ。そして検察はメンツにこだわっていると言う人もいる。

 それは違うと明確に言える。この異常さでは逆にメンツが潰れるほどだ。



 かつて法学部で刑法や犯罪学を履修した教授は元検察官の弁護士だった。

 この人は日本に冤罪は無いという立場で、無罪判決は常に不当判決だと言っていた。日本の刑事裁判で有罪率が異常に高いので不公正だとか陪審員制度を復活させるべきだかと言うのはとんでもないことで、絶対に反対だと言う。

 まず有罪率の極端な高さは検察が有罪に出来そうでなければ不起訴にするからだと言うが、それは外国の刑事裁判でもやっているし、アメリカなど本裁判に持ち込めるほど証拠があるかの予備審問を公開の法廷で行っている。慎重さ公正さで日本など論外だ。元検察官の話は間違いというよりあからさまな嘘である。昔から指摘されてきたとおり日本の刑事裁判は杜撰で、馴れ合いや上司の裁判官の横やりによって裁判の独立が侵害されることが横行している。大学の講義で教授が嘘を言うのは普通にある問題だが、こんな程度の低い話は珍しい。

 そして、そんな低水準の嘘を言いながら、この教授は自分もいたくらいだから検察官とはいかに優秀であるかを説き、その根拠とは司法試験に受かったことだけ。そして陪審員が駄目で当然なのは自分と違って頭が悪いからだと選民思想を剥き出しにしていた。


 こうした検察の選民思想が、残虐な冤罪の素である。

 だからメンツなんかではない。罪のない人を権力によって殺害したり牢獄に閉じ込めて一生を台無しにさせたり、それによって家族を苦しませたり悲しませたりすることに悦楽を感じているのだ。生殺与奪を握っているのだと。真犯人を死刑にしたところで権力を持つ者にはちっとも楽しくない。無実の人を理不尽に殺すことを合法的にできることにこそ優越感と快感を覚える。

 また被疑者の女性に性的暴行をしても検察官だから罪に問われないことは昔から告発があるけれど、これはちょうど戦争で兵士がどさくさ紛れに婦女暴行するのと同じ感覚である。その癖が戦後も抜けずに帰国してからも婦女暴行殺害を繰り返して死刑になった小平義男という男がいたけれど、これと同じ感覚で元検察官は、大学で学生に自分の歪んだエリート意識を開陳させていたのである。


 これも日本の刑事訴訟法が検察の権限を大きく規定しているためだ。

 だから、それでもまだ足りないと検察は言い続けている。証拠の捏造を検察官がしでかした事件でも、悪いのは検察官ではなく法律であると検察は言った。ただでさえ「検察ファッショ」と言われているのに、それ以上に強権を持たせろ、でないとまた捏造するぞと脅したことは有名である。


 つまり公正で冤罪の無い司法のため必要なのは、検察の権限を大幅に制限する刑事訴訟法の全面改訂と陪審員制度の復活である。

 
 
 
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