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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年6月16日
  • 読了時間: 3分

 東京地裁の傍聴人排除事件を追及する訴訟は6月10日に第一回口頭弁論。

 このさい、東京地裁は神経質になって、裁判所の職員を法廷の出入り口と内部に配置して監視していた。問題の傍聴人排除の時とは違いロックアウトというものではなかったが、傍聴人が職員に「入っていいのか」と訊いたほどの緊張はしていた。

 これについて裁判長は、念のためと言っていたが、騒がれたら嫌だなあ、くらいには思っていたようだ。しかし、警察を追及しているジャーナリストがこの日は来られないので、まだ第一回だから事後報告としていた。そして来た傍聴人は、自分も訴訟で裁判官に不信感をもち関心を持った、という人であるから大人しく淡々として法廷のやり取りを聴いていた。


 問題の行為をした飛澤智行裁判官。

 この人について裁判長が「とびさわ」と言うから「ひざわ」ではなかったのかと質問したところ、実際に「とびさわ」と読むのだと明言した。



 ここでもう一つ問題になっているのは、警察が令状なく「ガサ入れ」をしたさい、仮に捜索の令状があったとしても、家宅捜索だから着衣の中に手を入れることまでは許されない。スマホを持っていそうなので出せと言うことなら、まだあり得るが、まして男性の警官が女性にやるのは権力を悪用した強制猥褻である。

 これについて、女性の弁護士(訴状では実名を記載)が、この警官は、それを高校生の娘にやるのが主な目的だったのではないか、ガサ入れは口実ではなかったのか、と疑い、その兵庫県警東灘警察署(告発本『交番のウラは闇』第三書館、で腐敗の巣窟とされていた所)の警部補しかも年齢五十代のハゲオヤジが、権力を笠に着て拳銃を下げて、親を威圧しながら目の前で十代の娘の制服の胸ポケットに手を入れる様子、ちょっと想像しただけで「身の毛がよだつ」と言って戦々恐々とした。




 この話が訴訟中に出たら、飛澤裁判官は、着衣の中を調べることは裁判所の許可を得ていたという警察側でさえ主張していなかった捏造話を判決文に記述し、公務員の公務だから個人責任は無いとした。



 被告の国(法務省)は、記録を精査するので時間が要るとのこと。

 そして調べた記録が何かは、被告から書面が提出されたら裁判所の方から原告に伝えるので、そのあと原告も同じものを調べる、ということで合意した。

 なので、一か月ずつで合計二か月だが、次回期日は九月二日に同じ606号法廷にて開催と裁判長は決定した。裁判所の職員たちも夏休みは煩わされたくないということかと言ったら、裁判長以下職員たちは苦笑し、傍聴人は「慇懃無礼な調子で皮肉ったのは面白かった」と言った。


 ということで次は九月二日の午前十時。

 その前に記録の調査結果など途中経過を報告したいと考えている。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年6月14日
  • 読了時間: 2分

 過日「いただき女子」と称する女性が詐欺で有罪となった。

 この人は、前に風俗店で働いていた時に金で逼迫する事情があり、これに同情した客が30万円くれたことから、それなら嘘で困っていることにして男性に同情させて金をもらうことを思いつき、複数の男性から合計して一億円を超える額を騙し取ったうえ、そのやり方を手口マニュアルとしてインターネット上で販売までした。

 それで詐欺と幇助で逮捕されたということだった。



 しばらくしたら映画の題材になりそうだ。

 いままでにも『毒婦高橋おでん』とか、男性の結婚詐欺師だと『クヒオ大佐』とか、実在の詐欺師をモデルにした映画は何度も作られていて、勝手な脚色で面白おかしく描いていることが大体であった。

 それで、この「いただき女子」は、どのように材料として料理されるだろうか。


 それにしても刑罰が重すぎると言われている。

 これでは殺人犯なみの懲役で、被告人は愕然としたそうだ。男性が被害で、加害者が女性だったからではないかとも言われている。

 また、騙された方も下心があったから悪いし、あるいは同情から騙されてやったという側面もあるのではないか、ということで、厳しすぎると批判があったのだ。

 この弁護側は、生い立ちの不遇さから転落して行ったことで情状酌量を求めていた。


 もともと、このように同情させて騙す詐欺はあった。

 そして、女性の場合、子供が病気で金に困っているとか嘘をつく。これに騙された男性が、それでも病気の子供は居なかったのだから良かったと言ったりする心情も解かる。同性でも、例えば名作『アルジャーノンに花束を』で、主人公の知り合った女性が、困っている十代の女の子を自室に泊めてやったら金を持ち去られるという恩を仇で返すことをされたけれど、自分だってお金にゆとりは無いけれど、あの子も困っていたのだろうと寛容なことを言う場面があった。


 しかし、騙した者の背後関係があって、やらされていたとしたら。

 あの統一協会なんかが、よくやっていたことだ。かつて自分の母親が、統一協会は悪いと知ってはいたけれど、黙されて信者になっちゃったのだからと同情して、壺は買わないけれど幾ばくかの寄付をしてやっていた。そんなことをしたら、統一協会の組織から「もっとやれ」と言われてしまうじゃないかと注意しても解らなかったので呆れた思い出がある。

 つまり騙すも騙されるも「どっちもどっち」なのである。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年6月7日
  • 読了時間: 2分

 「むの賞」の名称が変更されるそうだ。

 この賞は、報道の戦争協力を反省して朝日新聞を退社し「たいまつ」という個人紙を発行し続けたむのたけじを冠したもので、反権力の人だったから名を取って付けたということだった。

 ところが、百歳を超える長寿だったむのたけじが生前、講演のなかで公然と障害者差別発言をしていたことが批判されていたけれど、この事実を賞の主催者側が指摘を受けて「むの」を取ると決めたそうだ。



 いまさら感がある。

 前に、むのたけじなんて人相の悪さだけで中身まで判ると指摘していた女性がいたけれど、たしかに、人相に表れているというような発言が他にもあった。

 それよりもっと前の70年代すでに、朝日新聞の本多勝一記者が、むのたけじは偽物だと指摘していた。これは大手新聞社をやめて独立することについての対談だったが、独立したところで影響力が無いという以前に、むのたけじは似非反権力だということだった。


 朝日新聞に啖呵きって辞表を出した人たちは偽物ばかり。

 百目鬼恭三郎その他いちいち名を挙げていたらきりがない。 だいたいは右翼雑誌のお座敷に上げてもらって古巣の悪口言って金もらうのである。むしろ読売新聞で渡辺恒雄に追われて独立した黒田清・大谷昭宏らの似非反権力ぶりのほうが近いだろう。


 むの賞に関与していた進歩的な著名人たちも離れていた。

 やはり、むのたけじの正体に気づいたからだ。それにしても、昔からあった指摘と、公然とした差別発言に、気づかない主催者の不見識にこそ、むしろ呆れるべきである。

 
 
 
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