スポーツ選手がヒーローとかスターとかいう時代は終わった
- 井上靜

- 2021年7月31日
- 読了時間: 3分
オリンピックは、とうに役割を終えた過去の遺物だと世界中で言われているのだから、メダルに価値はない。もともと、どんなメダルもトロフィーもガラクタでしかないと言われてきた。
「なぜ軍人は酒にも酔わず勲章下げて歩くのか」と芥川龍之介は皮肉って書いたが、酔っぱらってもいないのに人を殺したことを自慢しているのは不可解で当たり前だ。
また、ジョンレノンは、ヒット曲で米ドルを稼ぎ英国経済に貢献した功績により受けた勲章を、戦争で米国を支持する英国政府に抗議を込めてエリザベス女王に返したが、後から実は戦争に抗議というより勲章なんか持っていることは恥だと思ったからだと言った。
今、世界的に深刻な伝染病で死者が出て、そのうちには生活苦による自殺者もいるという事態なのに、感染拡大をもたらすオリンピック開催を強行し、これに批判や抗議した市民が警察に迫害され、些細な口実で逮捕されている人までいる。
そんな中で、自分の名誉と利益しか考えずにメダルを取ったと喜び誇っているなど、まさに「酒にも酔わず勲章下げて」いるのとに同じである。

昔~昔、テレビで見たアニメにあった話だが、スポーツ大会での活躍を学校から期待される生徒の素行の悪さを咎めた主人公は、学校の名誉になる生徒だから大目に見るべきだと言われて、それとこれとは別だと指摘したら「愛校心が無い」と非難されてしまう。
これは今も相変わらずで、よく大きな大会で活躍した選手が思い上がって不祥事ということがあり、騒がれることも隠蔽されることもある。世界各地にあるが、日本の場合は柔道にひどさが目立つ。
また、自分の親族が通っていた高校は、野球部が何度か甲子園大会に出場しているので、野球部員はとにかく野球の練習ばっかりで良いとされ、野球部員なら試験でカンニングしても見て見ぬふりだった。だから、「かつては野球を宣伝に利用している宗教系私立高校から有名私立大学に野球で推薦入学が普通にあったのに、それが次第に拒絶されるようになったのも、野球部員の成績水増しが疑われたから」という話に、その親族は「公立の高校でカンニング黙認だったのだから、宗教私学だったら成績水増しくらい当たり前でしょう」と言っていた。
そうまでする意味があるのか。 そんなことをするためにスポーツがあるのだろうか。
「私が敗れたのはワーテルローの戦いではなく、英国の運動場だ」とナポレオンは言った。
これは、戦争に勝つためには強い兵士を養成する体育が重要だった時代のことで、今は昔のことである。
あとはエンターテインメントとしてのスポーツ大会だが、これも人間の身体能力が限界に達して行き詰まっている。特にオリンピックでは新記録が更新されることで話題になってきたのだから、それが無いとつまらない。そうなると、いずれはオリンピックでドーピングが解禁されるはずだと二十年くらい前から指摘されてきた。
だから、もうスポーツ選手がヒーローとかスターとか言う時代ではない。
また「選手」も要らない。記録とか勝敗は無意味だから。みんなで平等に、それぞれで、楽しんでスポーツをするべきである。



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