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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年5月4日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年6月23日

 外国料理が大好きな知人は、しかし本格的な外国料理だと「そのもの」だから口に合わないと言う。

 それなら和食にすれば良いとはいかない。日本の料理は大体が不味いから。食べる楽しみというものを日本人が伝統的に解っていない証左だと言う。

 それで、外国料理だけれど日本人の慣れている範囲に味付けされているものが最も美味しいというわけだ。

 こういう人は圧倒的多数派だろう。意識したり口に出したりしないだけで。そもそも日本に浸透した外国料理は、先覚者たちが日本人の味覚に合うアレンジをしているものだ。



 これと同じことが、音楽にも言える。

 もともと日本の音楽は野暮ったいもので、これは日本人が伝統的に音楽の愉しさを解っていない証左だ。それで、次第に外国の音楽に関心を持つようになり、その関心は次第に強くなってきた。

 ただ、外国の音楽そのものだと聴き慣れていないから耳に合わないと言う人が少なくなかった。特に歌の場合は歌詞が外国語だと取っつきにくいと言う人もいる。

 それで、洋楽ふうであるが、あくまで「ふう」であり洋楽ではなく、日本人が昔から慣れ親しんできた音の配列などを意識した音楽に人気が集まったのだ。


 これを意識して音楽作りしてきた最たる作曲家が、相次いで死去した筒美京平と菊池俊輔だった。

 どんな詩でも筒美京平が節回しを付ければヒット曲になるとか、菊池俊輔が主題歌と劇伴音楽を作曲したら人気番組になるとか、そう言われてきたのだった。

 そんな時代も変わり、高齢になっていた作曲家たちは相次いで世を去った、ということだ。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2021年1月2日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年6月23日

 ドイツのバイロイト音楽祭が戦争でもないのに中止となったが、ウイーンの新年演奏会は中止も含めて検討の結果、無観客のテレビ中継で開催となった。こんな事態は初めてだそうだ。

 こうなると、放送で鑑賞だけは出来ても、観光の収入が損なわれた地元は大打撃だろう。


 あのバカげたGoToにしても、感染拡大で中止したのに、観光しか無い地方の知事らが再開を求めている。

 これで思い出すのが、記録破りの大ヒットだった映画『ジョーズ』だ。人食い鮫の犠牲者が出たので、都会から赴任してきた警察署長は海岸に遊泳禁止の立て札を設置するが、これを市長に撤去させられる。打ち上げられた無残な死骸は、鮫に襲われたのではなく、溺死体が船のスクリューに巻き込まれた。「そうだな」と凄む市長に、検視官が仕方なく頷く。観光で市の財政は成り立っている。これから海水浴の書き入れ時だから、人喰い鮫が出たなんて事実は認められない。そして次々と犠牲者が出て、この遺族に警察署長が殴られてしまう。隠蔽の責任は現場に押し付けられるのだ。



 ところで、バイロイト音楽祭について、カール=マルクスは「バカ騒ぎ」と批判したそうだが、ウイーンフィルの『ニューイヤーコンサート』は金持ちそうな観客たちが客席に蟠踞しているのを見て反感を覚える人もいる。

 アーヴィング原作の『ホテル・ニューハンプシャー』では、ブルジョワジーのたむろするオペラハウスを極左過激派が爆破しようとして、これを阻止した主人公の父親は爆発で重傷を負い失明してしまう。


 大阪では、貧民窟で生まれ育った橋下徹という弁護士崩れが、テレビと与党の力で知事になり、表面的には自民党に媚びながら、自らのルサンチマンで伝統芸術とクラシック音楽に憎悪の炎を燃やし、文楽を面白がる人は頭がおかしいと暴言を吐いたり、ブルックナー交響曲の演奏で世界的な評価を受けている大阪フィルの補助金を打ち切ったりと、芸術を迫害した。

 かつて慶応大学の竹中平蔵教授は、同大学伝統である新自由主義経済学の立場から、貧乏人が金も払わずクラシック音楽を聴くなど生意気だからFMステレオ放送を廃止せよと主張したが、この真逆が橋下徹であり、彼は貧乏の僻みから文化芸術を憎悪して完全否定なのだ。


 チケットが手に入らなかった者にとっては、無観客のコンサートホールは妬ましくなくていいが、あまりそういうことを考えると、竹中平蔵や橋下徹の両極端の根性曲がりと同じになってしまうから、気を付けないといけない。




 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2020年11月5日
  • 読了時間: 2分

更新日:2021年6月24日


 先日、NHK‐TVで、死んだ筒美京平の30年前に無用の長物となった偉大な才能について特集していた。

 この番組の趣旨は筒美京平を賛美することだったが、それでも90年代になると筒美京平の楽曲がヒットチャートに昇らなくなった事実を指摘していた。その象徴的な現象として小室哲哉らの台頭が紹介されていたが、こうなったのは世代交代ではなく時代の変化によってのことであった。

 それまでは、テレビを日本国民が皆で同じように観て、レコードの売り上げや放送へのリクエストによって歌の人気に順位がつけられていた。これが昭和という時代だった。しかし社会の成熟によって否定されたのだ。これは当時から言われていた。

 つまり、筒美京平のキャリアは昭和と共に終わったのだ。

 もともと筒美京平はレコード会社の社員だったから、売るための作曲をしていた。その師匠は、すぎやまこういち。

 もちろん、すぎやまこういちも、あくまで売るための音楽を作っていた。だから筒美京平は弟子入りしたのだ。しかし、すぎやまこういちは時代の変化に合わせて恥も外聞もない処世術を奏していた。『学生街の喫茶店』で茶を飲み話したりしなくなった若者たちが失語症も同然となってビデオゲームにのめりこむようになると、『ドラゴンクエスト』の音楽でパクリと言われようと売れて、インターネットの時代になったら『2ちゃんねる』を熱心に訪問してネトウヨ発言をせっせとするようになった。

 この甲斐あって、弟子が死んだのを尻目にネトウヨ政権から表彰された。これも、ある意味で「偉大な才能」だろう。


 
 
 
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