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​炬火 Die Fackel 

  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年2月17日
  • 読了時間: 2分

 国家賠償請求訴訟は民事訴訟の制度を援用している。

 あくまで援用であるから、個人と個人の金銭に関わる争い揉め事とは全く違う。私人間での財産的な争いや調整で公を煩わせるのでは、それが市民の権利であるとしても、普段から納税している他に費用を支払わされるのは仕方ないと言い得る部分がある。

 しかし国家賠償請求訴訟は先ず国が原因を作ったことであるから、民事訴訟の制度を援用しているとはいえ訴訟の費用が要るということから不道徳である。



 しかも裁判所の誤りに異議申し立てするにもいちいち費用が要る。

 それも高額である。選挙の供託金と同じで、日本では市民が権利を主張するだけで高額な費用を国に払わなければならない制度になっている。しかも公的機関が気を付けていれば最初から何も問題が無かったことを追及したり救済を求めたりすることに対してまで要る、ということであるから非常に図々しい。

 そして国など公的機関の責任を裁判所が認めることは非常に少ない。特に日本では三権分立が無いからだ。


 やはり法律の改正が必要である。

 国家賠償請求訴訟は無料に。これに伴う抗告の費用も無料に。連絡の郵券はすべて国庫負担に。希望すれば弁護人も公費で雇える。ということにしなければならない。

 こうして訴訟が増えれば、国のほうでも誤りが無いように気を付けるようになり、必然的に訴訟も減る。


 なぜ法律が変わらないのか。

 おそらく国会議員に意識が乏しいのだろう。そんなことをしても票にならないからではないかと思ったら大間違いで、いろいろと議員に質問しても、ほとんどの議員は関心がなく、基礎的な知識を持ち合わせていないから、実態を訴えられてもチンブンカンプンなのだ。

 これは昔からの、日本人の法意識の弱さ、に由来しているのだろう。

 
 
 
  • 執筆者の写真: 井上靜
    井上靜
  • 2024年2月10日
  • 読了時間: 3分

更新日:2024年2月10日

 ウエッブサイトの入力と表示。

 それを適切に入力しないと、表示が狂ってしまう。これと関係するが、前に敵意を持つ弁護士から、その法律事務所のホームページに事実無根の中傷誹謗を記載されたので訴えた。

 これに対して、その弁護士は、別の話をしているのと一緒くたになったように感じるだけだと弁解した。

 

 しかし、ソースのHTMLを表示させれば一目瞭然だった。

 別ではなく同じ枠組みに入っている。その弁護士は、この種の知識が全く無いと自認していて、だから他人に頼んで作成していたようだ。

 もちろん作成した人は知識を持っているから、表示して違わないよう適切に入力していたのだ。それが解らない弁護士は口から出任せの抗弁をして、すぐにボロが出たという次第である。

 


 すると、その弁護士は奥の手を使った。

 自分は元高裁判事であり退官後に弁護士となってからも政府の業務を請け負っている立場であると言ったのだ。

 要するに「政治的配慮」「忖度」を裁判官に求めたのだ。これに裁判官は応えて「訴えられたら書き換えたので違法ではない」という判決だった。

 

 そこで直ちに、非常識すぎて違法であるという訴訟を別件で起こした。

 この小島という「ドサ回り判事」と言われる男のトンデモ判決について、たしかに非常識ではあるが上告審で是正されるべきことだという判決であった。

 

 しかし上告審では、吉戒修一という悪評の判事が裁判長として出てきた。

 そして、判決文を書く陪席判事に「政府の仕事をしている弁護士の先生を何としても勝訴させてあげなさい」と、法廷で堂々と指示した。そのさいニタニタ笑っていた。

 それで傍聴席は騒然となり、すると心配した廷吏が警備員を呼び、さらに大騒ぎとなり、そのまま閉廷。

 結果、原審のやりとりを完全に無視して、ただ「誰の名誉も毀損していない」という、弁護士が読んでも意味不明の判決であった。

 この吉戒修一は荒唐無稽な訴訟指揮と支離滅裂の判決にすることで「強気を助け弱きを挫く」ことを繰り返し裁判所長に登り詰めて、後に非常に有名になる。

 

 このあと問題の弁護士は世間に非難されていた。

 そして、この人の法律事務所はホームページに嘘を書いても大丈夫だから、これでは信用できないと言われていた。ごもっともである。

 しかし、権力の不正にもかかわらず、こういう結果が出るのも、前回に述べたとおり整理整頓と効率化のおかげである。元はウエッブサイトの入力から御用弁護士の不正が発覚したのだから。その弁護士の事務所がゴミ屋敷も同然であるのを他人に片付けてもらい何が何処にあるか解らなくなっていたのに対し、それを追及する方は清潔にしていた、という状況だったのだ。

 そこで教訓は、社会の腐敗に対抗するには先ず自分の部屋を綺麗にすることから、である。

 
 
 

 生活のアドバイザーと名乗る人がいる。

 生活習慣とかライフスタイルとかいうことで持論を説き、blogが人気で出した著書も売れているという女性である。その著書を読むと、実際に役立つことがある。

 そのなかでも「やる工夫より、やらない工夫」というモットーに感心させられる。一生懸命にやるには、どうすればいいか、ではなく、そんなことを最初からしなくてよいようにするには、どうすればいいか、が大事であるというわけだ。

 

 例えば、常に部屋を綺麗にする方法。

 掃除のやり方を工夫するより先ず、本当に必要でない物を買って散財のうえ部屋に置いて掃除がしにくい、というありがちなことに気を付けるべき、ということ。

 



 スペースキーで見た目を整える不効率も同じだ。

 文書や図表を作るさい、上手に早く出来るようにするには、映画『シャイン』みたいにピアノで『熊蜂の飛行』を弾くよう猛スピードでキーを叩くより前に、叩くキーを減らすことである。

 それに、スペースキーを沢山叩いてレイアウトしても、それでは何か少し削除や付け加えをしただけで配列がずれてしまい、その修正はまた一苦労である。

 だから、レイアウトのために必要な操作を知り、適切に使用することだ。

 

 ウエッブサイトはなおさらである。

 この件で、無知を曝け出した弁護士と、その逃げ方について、次回の話題とする。

 

 

 

 
 
 
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